■ エヲカク ■

2018年03月23日

去年の今日記したメモが出てきたのでコピペ:

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目の前の空いた座席に坐ろうとして、周囲を見回したら老婆が手摺をにぎって立っていた。彼女に席を促すと「次で降りますから」と遠慮された。言葉どおり、次の乗換駅で老婆は降りていった。

二駅先にまたちょっと大きな、人の乗り降りの多い駅があって、そこで電車の行き先が二手に分かれる。そのまま終点の巨大ターミナル駅へ向かう路線と、都営線の地下鉄に乗り入れる路線だ。ちなみにこの駅では電車が長く停車する。そこで今度は老夫婦が乗ってきた。僕の対面に席がひとつ空いており、老旦那がその席に老婦人を座らせる。旦那はなぜか妻には背を向け、こちらを向いたまま吊革をにぎり立っている。「どうぞ」と席を立とうとすると、今度は「外を眺めているから」と断られたので、そのまま文庫本を読み進めることにしたが、ふとこの電車が都営線地下鉄への乗り入れをする路線であることに気付いて顔をあげた。
「……この電車、すぐに地下に潜りますけど?」
「いいの。それまで〇〇街道を見てるから」と、ぼくの背後の窓を顎で指す。それがこの人のスタイルなのかも知れないし、腰を下ろしたくない理由が人知れずあるのかもしれないと思って、また読みかけの本に目を戻す。ずっと妻に背を向けている理由はなんだろう?

読み進めようとしていると、右隣りに坐っていたこれまた老婆が何やら聞き取れない言葉を発している。気になってそちらに目をやると「え、この車、地下に行くの?」と言うので、そうだと答える。「あら大変!」と老婆は席を立ち、閉まりかけていたドアから慌てて出て行った。ホームを挟んで向かいの線路に、ターミナル駅へと向かう電車が到着していた。吊革の老人は、相変わらず妻に背を向けたまま、立って窓の外を走る街道沿いの風景を眺めているようだ。かつてよく通った道を眺めるのは、いろいろと思い出が甦るのでぼくも好きだ。

結局その席にはピンクの革のバッグにモノトーンのチェックのコートにレース飾りのついたおとなしめなグレーのパンプスの推定アラサー女子が坐ったんだけど、その彼女がめちゃんこ可愛くて、おまけにかなりいいにおいを漂わせていて……というのが今朝のハイライト。
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※昨夜終電を逃して春を味わいながら歩いているうちに迷子になっ先で見つけたかっこいい車





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2018年03月11日

2018/03/11

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東日本大震災の、そして原発事故の直前の、やや懐かしいツイート。
この二日後の金曜日には、神保町から下高井戸の自宅まで、混乱して混雑した靖国通り、新宿通り、甲州街道を、4時間かけて歩いた。
自宅付近で看板を出していたビストロに立ち寄って、その夜の売り物になるはずだったガトーショコラを買い取った。棚から落ちたワインを1本おまけしてくれた。

この頃から(実に様々な意味で、世の中も、自分自身も)状況がかなり変わった。しかし同じ流れのなかでのことだと思う。
あのビストロはどこかに移転した。

当時から、チェルノブイリの事故がその後のペレストロイカの流れに少なからぬ影響を及ぼしたのではないかという(オカルト的w)仮説を持論として持っていたので、こりゃまた大きな転換期が来たなと身構えたけど、7年経った今も、まだまだ余波に煽られ漂っているようだ。

漂ううちに座標は移っていくのだが、今改めて周囲の景色を見回して、
「ココハドコ? ワタシハダレ?」
という感じ。

バイト先でたまに立ち話をする野球好きの青年は熱心なオリックスのファンなのだが、訊けば神戸の出身だそうだ(こっちで会う神戸の人は関西弁が出ない人が多い気がする)。
「阪神淡路大震災のとき大変だったでしょ?」と訊ねたところ、0才だったからまったく記憶にないと言われた。それどころかオリックス時代のイチローも、パンチ佐藤も仰木監督も星野も長谷川も、監督じゃない福良も、昔話としてしか知らないと!!! その直後の谷川(神戸の被災者)が史上初の七冠制覇を目前に控えた若かりし羽生を相手に繰り広げた死闘には興味すらそもそもなかったようだが……

さておき、あの日のことから連想することは取り留めもなく、で、今日に思いを戻すと目の前には(やはり)山積みの課題がっっっっ!





posted by マリオ曼陀羅 at 14:14| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月05日

2018ひなまつり

いつかこやつのテキストを読みたくて一緒にいるのだが、なにしろさっぱり書かない。文句を言ったら(体調悪いアピール込みの)やっとこのブログ。キーボード叩いただけ、まあいいのか。

「2018ひなまつり」

それにしてもA級順位戦! それと野球のオープン戦もはじまりシーズンが明けてしまったので、もうまたしばらく何も書かなくなるのだろう。虚しい。

一昨年のこの時期、食にまつわる記憶をショートなエッセイにして書いてくれろと締切日まで設定し、土下座してお願いしたのだが、未入稿……

そもそも学生時代に音楽雑誌などに熱いテキストを書き送っていたあれは何だったんだYO! めちゃんこ面白かったのに(結婚当初、その事実が判明した後、古本屋に引っ張っていって掲載誌バックナンバーを漁り、爆笑しながら音読してやった)。

……あれこれ時間がかかる。

残ったふきのとうはわたくしが蕗味噌に仕込みました(酒が…進む……
鮎丸の船長さんから送っていただいた酒粕を粕床にし、鮭や鶏もも肉を漬けた。酒。

納品したので飲んでます。しなくても飲むけど。
 
この3月が終われば晴れて完全フリーランスになって丸一年(それまでの数年間、なかなか説明し難い状態)。納品ついでに事務処理して、経理データを見直したのだが、どうにかなんとかやっていけているのか、これは? 種蒔きの時期と思うことにする。たねまきしたら酒じゃ=



posted by マリオ曼陀羅 at 05:30| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

<裁量労働制の拡大>についてメモ(頭整理用)+『なぜ働くのか』おさらい

「略)私たちが作ってきたルールやインセンティブは、その設計者の目的にかなう人々の行動を導き出すために設けられたものだと知っておく必要があります。」

去年訳した『なぜ働くのか』(朝日出版社/TED Books)で、著者のバリー・シュワルツはこんなふうに書いていた。そして次ように続くのだが、これがこの本で著者が主張することの(たぶん)屋台骨。

「もし社会が私たちにもっと多くのことを求め、そしてその社会制度が適切に整えられるのであれば、社会が得るものは増大します。人類学者のクリフォード・ギアツが言うように、人類は「未完の動物」です。人類の将来は、私たちがどのような社会をデザインしどんな人類を「作り上げて」いくかにかかっているのです。」

つまり、社会制度を「適切に整え」ることことこそが、人間社会を維持し、発展させてゆくための鍵ということだ。逆に言えば社会制度が適切に整えられなければ、この社会はどうなってゆくのだろうか?

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※写真は今日の朝日小学生新聞。小学生でさえフォローしなければならないルールらしい。彼等の将来/未来に関わることなので当然か?

政府が「働き方改革国会」の目玉のひとつとして頑張っているが、その制度作りの根拠の部分が残念ながらガセであることが判明し、一部過労死被害者の遺族などから「過労死促進法」などとも呼ばれているらしい「裁量労働制の拡大」。

いろいろマズイようなのだが、特になにがマズイかと言えば「1ヶ月で最も長く働いた日の残業時間」を一般労働者に訊ねる一方で、裁量制労働者には「1日の労働時間」を訊ね、そのような種類の異なる数字を比較して、裁量労働制の労働者の働く時間のほうが一般労働者のそれよりも短い(つまりより健全である)、という笑えない統計結果をはじき出し、それを根拠に<裁量労働制の拡大>を制度として実施しようとしたことのようだ(つまり、より不健全な社会をデザインしかねない)。

『なぜ働くのか』のなかで、社会学者のロバート・マートンの言葉として「予言の自己成就」というのを紹介しているが、どういうことかというと「状況についての誤った定義付けが、人々の新たな行動を喚起し、そのことにより、本来は誤りであった観念が真実になってしまう」ことだそうだ。……つまり上記のようなご都合主義的なデータをもとに労働環境を整備しようとすれば、ただでさえ過労死の出かねない(ていうか出てる)現実を更に悪くした上で、過酷な労働は労働者の自己責任(裁量)という解釈が可能になりかねないということ? とにかく根拠となるデータがそもそも(そもそも)おかしいのだから、その前提のままこの話を押し進めると、大きな誤ちの原因になりかねませんよ、ということだと思う云々(云々)。

労働時間の多寡に関わらず賃金を固定する制度になりそうだということで、仮にこの制度によって設けられた残業時間の上限を超えて働いても、それはその人の裁量によるものと見做される(つまり雇用主は制度上の上限以上の労働対価を払わなくても良い)。ところが労働の内容にまで労働者の裁量が及ぶかというと、当然のことながらそんなことはないらしい。場合によっては定額でめちゃくちゃな量の仕事を抱え込まなければならなくなる、というような可能性も危惧されて、政府の意図とは裏腹に「働かせ方改革国会」などと呼ぶ人もいる模様。

シュワルツが言うように、社会のルールやインセンティブがその設計者の目的に応じて作られているのだすれば、このような場合、設計者たる人々が日頃どのような目的意識で動いているかが肝心だが(ry


『なぜ働くのか』バリー・シュワルツ(朝日出版社/TEDブックス)
http://amazon.co.jp/dp/4255009945/ 
 
 
 
 
 
posted by マリオ曼陀羅 at 17:06| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

「モーラム酒店」タイ料理/タイ・イサーン地方料理(渋谷区円山町・神泉駅前)

ところで昨夜、描き終えた。

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渋谷区円山町、神泉駅前(京王井の頭線/JRほか渋谷駅からも徒歩圏内)に来週オープン予定のタイ料理店『モーラム酒店』の壁です。タイ料理の定番メニューに加え、タイ東北部のイサーン地方の地方料理が名物になりそうです(本日試食中に居合わせ、激しく感動しました。料理人はいずれもイサーンからやってきた本場の人で、非常にオーセンティック!)。

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壁画制作のあいだ雪の降るような寒さのなかでの夜遅くまでの作業は体力を激しく奪うものだったが、それでも壁に絵を描く開放感は素晴らしかった。

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今回渋谷の円山町という辺境(?)のロケーションが、なんだかすごく良かったな。雑多で。渋谷の片隅ぴったりだよねと思いながら壁と向き合う時間だった。この「向き合う」という時間がどれほど贅沢なものなのか、頭のなかにノイズがまったく無い時間がどれほど得難いものなのか、改めて感じ、理解した。

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脚立にのぼりながら頭のなかを様々なことが流れるに任せ、道行く人達を眺めた。踏切。交差点。アスファルト。壁。電車。人。夜空(途中見事な月蝕)。

年末から、今やっている個展の準備とこの壁画があって(あと途中2週間カナダからの留学生のホストしたりして)、他のこと一切考えられないほど頭も精神も一杯々々でしたが、これでやっと一区切りつきいよいよ2018年が明けたという気分。2018年は一ヶ月間どこかにすっ飛んで行ってしまったけど、その間に味わった思いの芳醇さには例え難いものがあった。

マルちゃんから「レストランを作りたい」とはじめて聞かされたのはもう4〜5年も前のことだったと思うけど、それからじっくり準備をして、タイほか東南アジアの国々への視察や調査旅行も経て、ジェンくんという素晴らしいパートナーを得て、いよいよオープンする『モーラム酒店』のタイ料理、イサーン料理、ほんとに美味いから是非食べにきて〜!!! 

神泉の駅を出て、北口の階段を降りたらすぐ目の前です。
コーナーショップ!
マルちゃん、ジェンくん、大切な壁を任せて任せてくれて、本当にありがとう!
ขอขอบคุณ♡

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※昨日絵を仕上げに行ったら運良く試食中で、御相伴に預かりましたが美味かった!  素晴らしい。これはファンがつく味だと確信。


posted by マリオ曼陀羅 at 06:47| Comment(0) | art | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする