■ エヲカク ■

2019年05月05日

2019年4月〜5月

大型連休後半。埼玉から都内に戻って寝て起きて千葉方面へ。品川からバスで東京湾を越えて、大多喜へ、画家の中上清さんと奥様の彩子さんを訪ね、画業一筋で歩いて来た中上さんの貴重なレクチャーや年季の入ったエピソードの数々に耳を傾けつつ、やはりお酒。社会勉強の特別コースにと連れてきた息子は焚火を通じて人類の起源や神話に関して画伯から教わる。彩子さんはかつて神保町で、文壇や出版界の鬼才達、重鎮達の集まる(僕には足を踏み入れることな許されなかった)社交界のような、シェルターのような酒場を開いていた人で、彼女の編んだ『戦争の教室』(月曜社)というアンソロジー本に、僕の絵をひとつ紛れ込ませてくれた有難い人でもあり、世代が僕と変わらないこともあって、90年代の日本のアート界の激動期の事や、今はもういなくなってしまった出版界の珍しい人達の話など交わしながら、これからどうしていくのかなど、ボヤキなども織り混ぜつつの話を聞いてくれて嬉しい時間でした。大多喜に縁の深いつげ義春の作品集を画伯から貸してもらった息子は、なにを感じたのか知らないが、寝そべってあっという間に読破して、画伯に勧められる酒を上手に断りながら、いつのまにか寝ていた。翌朝、といってものんびりと朝を迎えて、起きてくる子を待って、隣町(いすみ市)に住む大好きな彫刻家の象山隆利さんのところへ。彩子さんと中上さんが車で送ってくれるというので、願っても無い機会と思って出しゃばって引き合わせを買って出て、道中で酒を仕込んでいすみ市へ。彫刻家の象山さんは行き掛かり上の事情で(本名の田内隆利というお名前で)千葉大でモノ造りをもう何年も教えている先生でもあり、その御宅は先生のセルフメイドのこだわり抜いた二階建てで、庭のピザ窯もまた自作。そこに先生と縁のある卒業生や地元のイノベーター達(農)や何やってるのか謎の人達が集まって焼きたてのピザと、織物の奥様の美味しすぎるご当地モノ尽くしの副菜と、やはり酒(各種)を煽りながら、スカやテクノやアシッドジャスをポータブルのレコードプレイヤーで流してた(この日のDJは先生の教え子だという、ちょっとおかしな人)。勝浦のカツオが二匹消え、ピザの生地が食い尽くされて、子供達は野山に散って、ピザ窯の庭から木調のリビングに場所を移してコーヒーで落ち着き、前にあった時には確か高校に入るか入らないかの頃だった先生の長女(当時に俺のデザインしたTシャツ着てくれてたw)の嬉しい近況を聞かせてもらい、最後に隣の畑の蕗を少し摘ませてもらって、大多喜オリブのバス停へ、最後に残った皆で。

……千葉の前に埼玉の奥深くであれこれ手伝いをしたプエルトリコ人の猛る魔女も無事にニューヨークの拠点に帰り着いたようで、早速僕のスマホ宛に指令を飛ばしてきた。

……千葉の前の埼玉の前夜は世田谷の編集者カップルのお宅でワイン6本。

娘はこの春に入学した高校で、早速できた友人と時間を過ごし、課題をこなそうとヘッドフォンをかぶって集中し、妻はここら辺で一度自らの進路について改めて考えながら、疲れ過ぎた身体を休め、そんなことしているうちに、日本は元号が変わったらしいが、その虚しさについては(幸いなことに)あれこれ考える暇もなく。

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あとこれ

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posted by マリオ曼陀羅 at 16:48| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

すてーとめんと

自由を謳歌してみたことがある人がいるのか? 日本では、まだそれが可能。みんな無責任。基準もゆるい。バカを相手にする前にやってみて〜。謳歌してみて〜♪

少なくとも逮捕されることも殺されることもない。ちょっとしたことでは。

時間を自分のために使え。自分の愛する人、愛する物事のために使え。それが会社でも仲間でも個人的なことでも、なんでもいいでしょ?

そういう人たちが拡充していく物事が、自由を担保していくんだから。

阿倍や麻生や管や、そのさらに下の三下のこと馬鹿だ酷いだなんだって言ってる奴ら、そいつらこそバカなんじゃないか? こいつらがどーしょもないってことなんて、そもそも分かりきってることじゃないのか? そんなことは無視して、やりたいこと徹底的にやりゃいいんだよ。今のうちに。人生短いぞ?

そうして誰かがやったことでしか自由は拡大していかないんだから。それが人間社会のバイオロジーなんだって、ギリシャのやブッダの時代からずっとそうでしょ?

政治や社会を語るなら、そのうえで建設的に語ろう。そして歌い踊り、飲み、喰い、そのために必要な働きもしよう。

とにかくやりたいようにやればいい。それが会社でも仲間でも個人的なことでも、なんでもいいでしょ?

真面目にやろうよ?




posted by マリオ曼陀羅 at 04:33| Comment(0) | ewokaku | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月23日

早期発見、早期対応のススメ(過労

昨夜の経験は誰かの役に立ちそうなので、メモしておきたい。

実はここ二週間ほど、(表向きはさておき、内面的に)ほぼ制御不能な状態で過ごしていたけど、それが妻の「もしかして過労じゃない?」という昨夜の一言で、いっきに納得がいった。

で、判断力が残っているうちに、掛け持ちしている仕事やプロジェクトの各位に連絡。

〆切を延ばしていた案件2件の相手それぞれに、スマホのテキストで短く状態を説明。そして詫び。これだけで、先ず気分がものすごく( も の す ご く )軽くなった。

過去にうつ病に陥ったときも、後で考えればこの「過労」が原因だったので、それを先ず、「自分の判断」で「回避できた」ことがデカイ。

続いて翌日、日中を待ち、週3の仕事をさせてもらっている某社の直属の管理職に対し、きちんとした文章のメールで、過剰気味になっている業務内容について相談に乗ってもらいたいと丁寧に伝える。業務のどこに負荷があるのかなど詳細は伝える必要ナシ。ボヤかないで、相談依頼のみ。

そして、今日は作業的なことを何もしないと決める。昨夜のスマホメッセージに対し即レスを返してくれた編集者が運良く近所のファミレスにいたので、そこに出向き、近況交換/スケジュールの組み直し/作業内容に関する具体的な相談。一人で考えないことで負荷がものすごく減る。

…こうなる前に冷静に考えていれば、自分の状態が「過労」であったことは明らかなのだが、不思議なことに妻に指摘されるまでその実感が皆無だった。「終わらない/片付かない/進まない」という状況から「もっとやらなきゃ、もっと進めなきゃ」と自分を追い込み、手を休める事ができなくなってた。

「過労」を自覚したところで、改めて全体の作業量やその時間を振り返ってみると、とにかく無理があるし、無茶苦茶だったことが分かった。また、2016年に前職の業務整理に着手してから現時点まで、とにかく気が休まる暇がなかったことを自覚できた。おまけにその間、ニューヨークの個展もあった。

仕事も創作も、個々の作業は(分かりやすく)前向きな取り組みであり、だから作業が増えることも「成果に直結する」くらいの認識だった。だから「過労」を見過ごしていたのだと思う。やればやるだけ営業成績がプラスになるような仕事をしている人々も、同じような見過ごしをしているのではないか。

自分では「過労」の自覚が無かったわけで、それを妻に指摘されたことで、制御不能に陥りかけていた状態を、初めて自認することができた。妻からは「もうずっと過労だと思っていたので、もっと早く言えば良かった」と。でもこちのテンションが張っているし、物事が動いているようだから「言いにくかった」と。

まだバランスを取り戻したわけじゃなくて、腹痛もあるけど、少なくとも自分の判断力が残っているうちに、(他者の力や目を借りてでも)自分で対応できたのがとても大きな自己肯定感に繋がっているように思える。雲間から光が射してきたような感じ。助かった。

でさっきメールチェックしたら某団体から「国際委員会の委員に推薦されたので、就任状にサインを入れて返送を」というメール(笑)。どーしろと!? 今ならこのメールにも冷静な気分で「諸業務調整中なのでお待ちを」と返せる。昨夜までであれば「そうか」と署名してすぐ返送してドツボだったかも。

…もしくは途方に暮れて対応/返信できず、その対応のできなかったという事実が更なる負荷/負担になっていたと思う。…判断力ありがたい。しかし判断力を失うのは、こういう状態だと割と簡単なのだと分かった。ヤバイと気付けたことが僥倖。今夜も仕事しない。

悪びれずに、正直に堂々と、難局なら難局だと相手に(早いうちに)伝えるのが肝心だと思った。相手だって対応できるし、してくれる。してくれないのなら、逃げるしかない。打つ手があるうちに打つことで、先ずは自分の状態がメンテナンスされるというのは、良い経験だった。

おっかない奥さん、ありがとう( ´ ▽ ` )ノ

 
 
 
……ひとしきり、調整ができたら、先のニューヨークの記憶が薄れないうちに、それもメモというか記録を遺しておきたい。自分の老後のために(笑)
 
 
 
 
 
posted by マリオ曼陀羅 at 02:34| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

手紙

【必読】NHKを2016年に定年退職したOBの米原尚志氏が上田会長に送った手紙全文が、同氏のブログにて公開されている。なんというか、胸を打つ。切実な訴えだが、抑えが効いている。だからこそ迫ってくる。

NHKのETVで数多くの優れたドキュメンタリー番組等を生み出してきた番組制作局文化福祉番組部が「解体」されるこになったが、そのことに関する極めて重要な提言だと思う。

そしてこの国(と言って語弊があるのなら「この国の文化」と置き換えても良いが……)が今、どこへ向かおうとしているのかを、また、このような形で見せつけられる。




いいから読もう。




posted by マリオ曼陀羅 at 18:01| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

evergreen + mario mandala at HACO NYC / March 8 2019

「ビートニック」という言葉を耳にしたことのある人なら必ずピンとくる、あの <Evergreen Review> が僕の個展の会期中にギャラリー/HACO NYCでイベントをしてくれることになりました(3月8日)。

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故ジャック・ケルアックのパートナーとしても知られる作家のJoyce Johnson(その日々を綴ったメモワール『Minor Charactors』の著者)、そして僕でさえ知っている『One Pill Makes You Smaller』(おそらく未邦訳/FSG)の著者Lisa Dierbeck、それからこれから僕が出会うことになる Minerva Martínez によるトーク&リーディングのイベントです。

文芸とワインの夜、ということになるのだと思います。NYにいる人、またNYにいるご友人のある人、是非々々直接的に、間接的に、楽しみにしてください。

この縁を取り持ってくれた OR Books の John Oakes にBIG UPです。

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→ Joyce Johnson

→ Lisa Dierbeck

→ Minerva Martínez
俺も楽しみ!

→ Evergreen Review

→ OR Books

→ HACO NYC

8th March (Fri.) 2019 よろしくお願いします。

「Beat(ビート)」はまだ十代だった頃の僕が触れた、文学的体験の、大きな(今となっては)原点のひとつです。ちょっと緊張してます。

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posted by マリオ曼陀羅 at 15:23| Comment(0) | art | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする