話の本筋とはちょっと外れるんだけど、そこで山田貴久くんという、若くして死んでしまったギタリストが亡くなった時のことを思い出して、ちょっと話をした。zoe君と呼ばれていた人です。
彼が死に際に残した言葉は「よし、行くわ」。
要は、実際本当にものすごい葛藤のなかでの闘病だったと思うけど、最後は彼は自分で整理をつけたんだと思うんだよ。勝手な想像だけど、まあ悔いの少ない人生を送った人だったと思うし、コレと決めて自分でやってきた人だった筈だから、なので整理が付けられたっていうことだと思うし、それゆえのその言葉だったんじゃないかなと思うけど…… まあ憶測だけど。
彼が音楽活動をそれまでのようにできなくなってから、じゃあ自宅や病室でできることやろうっていう話になって、本の仕事をいくつか一緒にやったんだ。
今日は朝からスティーブ・ジョブスが死んだニュースが流れて人が騒いでいたり、今週またちょっと縁のあった人が若くして病死したりして、まあ昨夜の話もあって、死についてちょっと考えたので……
やりたいこときちんとやって死を迎える人は、誤解を恐れずに言えば、やっぱり幸せだと思うんだ。ソクラテスには毒杯を仰ぐ以外の選択肢があったと思うけど、彼はなんというか死を選んだ。なんでかって言ったら、強い実感とともにその生があったからだよね。まあ憶測だけど。
以下、2006年03月24日にMixiに書いたやつ。zoe君の死の数ヶ月前、秋葉原の三井記念病院での話。今読み返すと、ちょっと手を加えたくなるけど、まあとにかくそのまんま:
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
こうしている今も、都内のある病院のベッドのなかで、ぼくの大切な友人が、文字通り命を懸けた、大きな闘いに挑んでいる。
彼と知り合ったのは七、八年ほど前のこと。
知り合った当時の彼は、東芝EMIやソニーミュージックなどのレーベルからアルバムやシングルをリリースし、シリアスに活動しているバンドのギタリストだった。知り合いを通じ出会ったぼく達は、すぐに気が合って仲良くなった。彼のバンドが下北沢でライブをする時や、彼等が定期的に骨董通りのFAYでやっていたクラブイベントなどに、ぼくはよく足を運んだ。他のパーティーに一緒に出かけたりもした。
デヴィッド・マンクーソが以前の川崎クラブ・チッタでパーティーを開いた時に、踊るのに疲れたぼく達は、まったりと、ぼんやりとしながら、心地好い音をバックに、心地好く楽しい話に興じた。本の話になった。彼は読書家だった。主にハードボイルドやノアールを好み、他にも多くの本を愛読していた。ぼく達はジェイムズ・エルロイのLA三部作と、漫☆画太郎の『珍遊記』の話で盛り上がった。
下北沢の居酒屋などで、なんか良く判らないような話をして盛り上がったものだ。
四年程前、ぼくがある意味で、とても乱れて無意味に忙しくしていた時期、そういえば最近どうしているかな、と思ったら、彼は入院していた。大きな病院の一室で、いきなり襲ってきた、得体の知れない、症例のほとんど無い奇病と闘っていた。その時、彼はほとんど丸々一年間を病院で過ごした。
過酷な闘病生活と治療のあとを隠すように深々とニット帽をかぶり、どうにか復帰した彼の、ミュージシャンとしてのキャリアは大きな方向転換を求められていた。もう、ライブはできない。毎月々々の検査入院。ちょっとでも異常が見付かれば、その場ですぐに、検査ではなく、普通の入院になる。予定を組めない。それでも、以前からやっていたCMのBGMなどのスタジオ仕事の話はあった。NHKの番組、「トップランナー」の音はぜんぶ彼の仕事のはずだ。最近のものでは、石丸元璋の本に付くDVDのサントラは彼の作品だ。
でも、なるべく家でできる仕事がしたい。徹夜のスタジオがきつい。だから、ぼくは彼の翻訳の仕事の手伝いをするようになった。彼の読書センスが、ぼくは好きだったから、抵抗は無かった。
ぼくがたまたま持っていた、ある盲目の少女の、犬ぞりレースと、見えない目と共に生きてきた回想録の仕事を、どうにか彼と結び付けられないかと思った。犬が好きで、困難を背負って闘っている。そんな彼にぴったりの本だと思ったのだ。頑張って、くじけずに、逆境をものともせずに自分の人生をひた走る、そんな盲目の女の子のこれまでを描いた自伝だ。そこに彼女の愛する人達と犬達の物語が刻まれている。
ある縁が実を結んで、その本が彼の翻訳で幻冬舎から出版されることになった。その出版日が明日、3月25日だ。
ぼくは、刊行を前にして送られてきた見本を持って、また彼の病室を訪ねた。病気が再発してしまった彼は、また、過酷な闘病生活を送っている。胸に大きく白く「NO WAY」と書かれた濃紺のTシャツを、彼は着ていた。
盲目の犬ぞりレーサーは、つい先日、極寒のアラスカでの1800キロにも及ぶ、最高峰の厳しい犬ぞりレースを、ついに完走した。病室のぼく達は、その勝利と、そして彼が訳した彼女の本の日本での出版をささやかに祝った。エッジに立っている彼は、それでも以前と同じように、ユーモアに溢れていて、真直ぐで、力強い目をしている。
「自分の命を叱咤する日々です」
彼からのメールの一文。
……ぼくは、ただ、ひたすら、祈りを奉げています。
-----------------------------------
『盲目の犬ぞりレーサー―私に見えるのは可能性だけ』
レイチェル・セドリス, リック・スティーバー(著)
山田 貴久 (訳)
http://www.amazon.co.jp/dp/4344011503/