■ エヲカク ■

2018年05月12日

ARE YOU HAPPY? ……と、なぜかZOE君の思い出

創価学会のマダムに呼ばれて婦人部(?)のお姉様方を相手に料理教室をして帰宅した後では「とてもいい人たちだった〜」と、お土産にもらってきた「Daisaku Ikeda」とクレジットの入った花の写真とポエムのカードを見せてもらった(そういえば昔住んでいたところのご近所さんで聖教新聞をくれる人も、気さくでいい人だった)。また、日本武道館(BUDOKAN)であのみすず学苑の(著書『強運』の電車ドア貼り広告の)深見東州(a.k.a.半田晴久)という宗教家(宗教法人ワールドメイト教祖)が往年のアメリカ人有名ハードロックミュージシャン達を招聘して催すライブのチケットを代理店の人から貰ったと言って、喜々として出かけていっては「なんかいろいろすごかった!」と大笑いしながら帰ってきたこともあった。そして今回はいよいよ幸福の科学の発行するライフスタイル雑誌『ARE YOU HAPPY?(アーユーハッピー?)』のインタビュー取材を受けて記事になったが、「編集者もライターもカメラマンも、仕事がとても丁寧で感じが良くて、ほんとにやりやすい現場だった! 普通の商業誌とかTVとか、いかにも殿様商売って感じで対応が雑なことだって多いのに!」と感動気味に教えてくれた。売れっ子の若手女優だった清水富美加が所属事務所と揉めたかなんかで逃げ込むように出家していった先が幸福の科学で、彼女はそこで千眼美子と名を変えて、教団の新作映画のヒロインとして出演している。主役の大川宏洋という役者はどうやら教祖、大川隆法の息子のようで(そう思って見るとひと目で親子だ)、雑誌に載っている映画の概要を読むと、どうやら大川隆法の伝記映画らしい。見本誌と共に送られてきたのはその試写券で、それがなんか妙に気になっている。

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みんないろいろだけど、たいていは一生懸命でいい人たちなんだよね、とか、新興宗教のことをあれこれ考えているうちに、幸福の科学じゃないんだけど、若くして難病というか奇病を患って、過酷な闘病の末に「よし、いくわ」という言葉を遺して逝ってしまったZOE君が、2006年に亡くなる直前に創価学会に入信したことを思い出した。HAL FROM APOLO 69というバンドのギタリストだったZOE君が入退院を繰り返していたのは都内の大きな総合病院だった。たぶん最後に見舞いに行ったとき、彼は「NO WAY」と書かれたTシャツを着て、投げつけたのだろうか縁のちょっと欠けたメガネをかけて出迎えてくれた。「マリオ君、笑うかもしれないけど、おれ創価学会に入ったんだ。入院しているうちにここのナースの子と付き合い始めて、それで結婚することになったんだけど、彼女が創価学会の子で、それでときどき一時帰宅の許可が出て帰宅すると、近所の創価学会の人達が、おれのために集まって、本気でお祈りしてくれるんだわ。その人たちをわざわざ集めてくれる彼女の姿を見てたら、それもいいかなって思ってさ!」とかなんとか言って、やはり笑っていた。もちろん僕も笑ったけど、それは顛末がなんだか可笑しかったからで、彼の選択をバカにして笑ったわけではない。ZOE君はZOE君だし。

そのZOE君と仲良くなったのは何がきっかけなんだっけと記憶を遡ったら川崎CLUB CHITTAにLOFTのDJ、デビット・マンキューソが来たときに一緒に出かけて、その夜、途中でフレッシュエアを求めて静かなところを探しているうちに、ジェイムズ・エルロイと漫☆画太郎の話で盛り上がったのがその時だった。もちろんそれまでも遊び友達だったけど、あの夜に「LA四部作」について、あと「地獄甲子園」と「珍遊記」について熱く語るZOE君と意気投合を果たしたのだと思う。ドン・ウィンズロウを一緒に読んで大いに盛り上がったりしたのも今となっては懐かしい。

大川隆法の伝記映画(息子主演)『さらば青春、されど青春』、観に行くべきか、どうなんだ。

ZOE君が生きてたら一緒に行ったかもしれないな。


ーーーーー
在りし日のZOE君






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2018年03月23日

去年の今日記したメモが出てきたのでコピペ:

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目の前の空いた座席に坐ろうとして、周囲を見回したら老婆が手摺をにぎって立っていた。彼女に席を促すと「次で降りますから」と遠慮された。言葉どおり、次の乗換駅で老婆は降りていった。

二駅先にまたちょっと大きな、人の乗り降りの多い駅があって、そこで電車の行き先が二手に分かれる。そのまま終点の巨大ターミナル駅へ向かう路線と、都営線の地下鉄に乗り入れる路線だ。ちなみにこの駅では電車が長く停車する。そこで今度は老夫婦が乗ってきた。僕の対面に席がひとつ空いており、老旦那がその席に老婦人を座らせる。旦那はなぜか妻には背を向け、こちらを向いたまま吊革をにぎり立っている。「どうぞ」と席を立とうとすると、今度は「外を眺めているから」と断られたので、そのまま文庫本を読み進めることにしたが、ふとこの電車が都営線地下鉄への乗り入れをする路線であることに気付いて顔をあげた。
「……この電車、すぐに地下に潜りますけど?」
「いいの。それまで〇〇街道を見てるから」と、ぼくの背後の窓を顎で指す。それがこの人のスタイルなのかも知れないし、腰を下ろしたくない理由が人知れずあるのかもしれないと思って、また読みかけの本に目を戻す。ずっと妻に背を向けている理由はなんだろう?

読み進めようとしていると、右隣りに坐っていたこれまた老婆が何やら聞き取れない言葉を発している。気になってそちらに目をやると「え、この車、地下に行くの?」と言うので、そうだと答える。「あら大変!」と老婆は席を立ち、閉まりかけていたドアから慌てて出て行った。ホームを挟んで向かいの線路に、ターミナル駅へと向かう電車が到着していた。吊革の老人は、相変わらず妻に背を向けたまま、立って窓の外を走る街道沿いの風景を眺めているようだ。かつてよく通った道を眺めるのは、いろいろと思い出が甦るのでぼくも好きだ。

結局その席にはピンクの革のバッグにモノトーンのチェックのコートにレース飾りのついたおとなしめなグレーのパンプスの推定アラサー女子が坐ったんだけど、その彼女がめちゃんこ可愛くて、おまけにかなりいいにおいを漂わせていて……というのが今朝のハイライト。
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※昨夜終電を逃して春を味わいながら歩いているうちに迷子になっ先で見つけたかっこいい車





posted by マリオ曼陀羅 at 17:23| Comment(0) | past | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

鉄兜と鱸

人の頭に食い込んで取れなくなった鉄兜を取る手伝いをしたことがあるんだけど、あれは面白いくらいうまく行った。スルッと抜けたもんな。いつだ? もう十年も前になるのか? どこだ? それは内緒。

あの時ぼくはそのめり込んだ鉄兜を、まず段階を踏んで一匹の鱸(すずき)に変えることに成功し、最後はそれをその人の頭からすぽんと抜き取って、それで解決したんだけど、なんのことかわかんないよね。

その鉄兜には、大砲の弾があたったか、なにか固いものに激しくぶつかったかのような、拳大にベコッと内側に凹んだ箇所ができていて、それが頭を圧迫するものだから、相当に痛そうだった。「取れない、取れない」と苦しそうに呻いてたけど、取れたらアハハと笑って、そのまま眠ってしまった。

思い出です。

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posted by マリオ曼陀羅 at 09:18| Comment(0) | past | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

「根本的に判ったこと」と今思ったこと。

 根本的に判ったこと。それは、ぼくの遣り方は間違っているかもしれないということだ。
 考え方が間違っているのかもしれない。
 そういう風に考えたことは、以前から無いでは無かった。つまりあった。
 しかし、そうでない要素も確かにあるのだとも考えていた。
 ところが、確かにある筈だった“そうでない要素”というものの存在が揺らぎはじめた。
 ただ、揺らいでいるだけで、無くなりはしない。
 なぜなら、そこにこそ自由を見出しているからにほかならない。というか、そこにしか自由を見出せない。だけれども、自分の持っている自由に対する理解は完全ではない。

 今回、根本的に判ったこと、つまり「ぼくの遣り方は間違っているかもしれない」という事について、説明をできるものならしてみたい。

 ぼくはそのことについて知っていた。というか、そういう風に考えたことは、以前から無いでは無かった。しかし、はっきりと、それがどういう事なのかについて、判ってはいなかった。
 ひとつに、ぼくの遣り方は多くの場合、多くの場面で間違っていること。これはとっくの昔から知っている。多分本当に壊れていたからね。それが言い訳になるかどうかは、知らないけれども。今だってマトモかどうか、それがはっきりしていたら、こんな事は考えもしないし、考えたくもない。
 もうひとつに、ぼくの遣り方はその核心の部分で間違っていないと、多分なんとなく無意識的にまるで本能のように信じている部分があること。核心すべてではないとは思うけれども、多分どこかの特定的な部分。

 要はそのふたつ。
 そのふたつが、どういう訳か鬩(せめ)ぎ合うことがあって、それが、かれこれ数週間。いや、数ヶ月。数年間……。

 ぼくは仕方なく、絵を描きはじめました。
 そうしたら、止まらなくなってしまいました。そうしたらかれこれ九年間。

 そうしてみたら、いろいろなことが起った。絵だけではなく、仕事でもそう、なんと家庭も持ってしまった。子供がふたり、妻がひとり、こちらの責任範疇になってしまった。
 仕事では幸運もあった。その幸運というものが、どこに由来するものかという事を知った仕事だった。そして幸運は続いた。少しの間だけ。でもそれは幸運とだけ呼ぶには不十分なのではないかと、ぼくは思った。
 あらゆる葛藤を、ぼくは幼い頃から感じて、知っていたから。というのはちょっと大袈裟で、きっと60才には60才なりの、70才には70才なりの葛藤があるんだろうけどね。それでも割と、というかとても強く葛藤せざるを得ない場所で、どういうわけだか生まれ育ってしまったわけですが……。ちなみに誰ひとりとして恨んではいません。それはまあ葛藤の成果かもしれないな。いや、やっぱり思索したのかもしれないなとも思う。
 まあとにかく、幸運は幸運ということでさておき。
 遣り方の間違っている/いないだけれども、判ったことと言えば、信じられる核心というものが、例え部分的にでもあるというのであれば、それを信じるようにやるしかないということです。
 ただ、間違っているかもしれないと、そこについて思いを向けることによって、このように大きく反省ができたということは、そのように珍しいことでもなんでもなく、実は人間が必要に応じて日々行っている活動で然るべきだと理解できたということでもある。というとちょっと大袈裟だけど、改められるところは、そう気付いた時にそう改めなければならないな、と判ったということ。要は反省したってこと。これって無意味なのかな。

 
 
 正直、今はちょっと寝苦しい時期なのかもしれないな。暑いし。何の為に寝苦しいのかというのは、それは勿論みんなの為だよね。と言い切りたいけれども、それは自分の為でもある。先ずは自分がどうにかしなきゃいけないのかなぁ、という思いが、とても幼い頃からあって、それは一体どこから来たのかなぁ、と、記憶を穿り返してしまう癖があるみたい。普段は、もしくは、絵を描いている時には、そんな風に穿り返すような事が無くて、でもその穿り返さなくていいという状態のお陰で、仕事がうまく行くような良い体験もあったし、どうにかしなきゃいけないなぁと感じさせてくれる存在もあるのだろうな、とも思う。

 核の部分から、もう一度見直してみようかなぁ。
 それでもまだ変わらないことがあれば、今はとりあえず、それだけは信じ続けて反映させようかな。ようかなっていうか、そこまで信じられたそれはもうどうこう考えない方が良いかも知れないとも思う。
 大事な物を順番に。
 
 
 ……お片付けします。
 
 
 
 あと、今日閃いたことがあるんだけど、それはどうにかしてみよう。こういうときに、どうにかしてみた体験というのが役立つというか、支えになるんだよね。


【備忘※】

#

やっぱりフォークナー読んでる場合じゃなかった。というか、こっちも読みながらあっちこっちそっちどっち読まなきゃいけなかったのか…… 帰宅して気付いた。 約1時間前 webから

#   ↓

もちろん熟睡中の妻に話しかけたけど、最後まで聞いてはもらえなかった。話しかける方が悪いんだけど。わかってますけど。 約1時間前 webから

    ↓

# だけど伝えてみたかった思い付きというか閃きがひとつだけあって、もし彼女が仕事を残しているようなら、ちょっと起きる必要なることもあるなと思ったのも事実。さておき、閃いたことはすぐ実行に移したい。みんなが喜ぶ企画にできるといいな〜! 約1時間前 webから


 


posted by マリオ曼陀羅 at 02:32| Comment(2) | TrackBack(0) | past | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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