みんないろいろだけど、たいていは一生懸命でいい人たちなんだよね、とか、新興宗教のことをあれこれ考えているうちに、幸福の科学じゃないんだけど、若くして難病というか奇病を患って、過酷な闘病の末に「よし、いくわ」という言葉を遺して逝ってしまったZOE君が、2006年に亡くなる直前に創価学会に入信したことを思い出した。HAL FROM APOLO 69というバンドのギタリストだったZOE君が入退院を繰り返していたのは都内の大きな総合病院だった。たぶん最後に見舞いに行ったとき、彼は「NO WAY」と書かれたTシャツを着て、投げつけたのだろうか縁のちょっと欠けたメガネをかけて出迎えてくれた。「マリオ君、笑うかもしれないけど、おれ創価学会に入ったんだ。入院しているうちにここのナースの子と付き合い始めて、それで結婚することになったんだけど、彼女が創価学会の子で、それでときどき一時帰宅の許可が出て帰宅すると、近所の創価学会の人達が、おれのために集まって、本気でお祈りしてくれるんだわ。その人たちをわざわざ集めてくれる彼女の姿を見てたら、それもいいかなって思ってさ!」とかなんとか言って、やはり笑っていた。もちろん僕も笑ったけど、それは顛末がなんだか可笑しかったからで、彼の選択をバカにして笑ったわけではない。ZOE君はZOE君だし。
そのZOE君と仲良くなったのは何がきっかけなんだっけと記憶を遡ったら川崎CLUB CHITTAにLOFTのDJ、デビット・マンキューソが来たときに一緒に出かけて、その夜、途中でフレッシュエアを求めて静かなところを探しているうちに、ジェイムズ・エルロイと漫☆画太郎の話で盛り上がったのがその時だった。もちろんそれまでも遊び友達だったけど、あの夜に「LA四部作」について、あと「地獄甲子園」と「珍遊記」について熱く語るZOE君と意気投合を果たしたのだと思う。ドン・ウィンズロウを一緒に読んで大いに盛り上がったりしたのも今となっては懐かしい。
大川隆法の伝記映画(息子主演)『さらば青春、されど青春』、観に行くべきか、どうなんだ。
ZOE君が生きてたら一緒に行ったかもしれないな。
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在りし日のZOE君
そのZOE君と仲良くなったのは何がきっかけなんだっけと記憶を遡ったら川崎CLUB CHITTAにLOFTのDJ、デビット・マンキューソが来たときに一緒に出かけて、その夜、途中でフレッシュエアを求めて静かなところを探しているうちに、ジェイムズ・エルロイと漫☆画太郎の話で盛り上がったのがその時だった。もちろんそれまでも遊び友達だったけど、あの夜に「LA四部作」について、あと「地獄甲子園」と「珍遊記」について熱く語るZOE君と意気投合を果たしたのだと思う。ドン・ウィンズロウを一緒に読んで大いに盛り上がったりしたのも今となっては懐かしい。
大川隆法の伝記映画(息子主演)『さらば青春、されど青春』、観に行くべきか、どうなんだ。
ZOE君が生きてたら一緒に行ったかもしれないな。
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在りし日のZOE君