■ エヲカク ■

2012年07月13日

「幸せ」について

「幸せ」について
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node%2F1391


 




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2012年06月17日

野田首相の大飯原発再稼働について国民に理解を求める声明が発表され、内田樹がそれについての評価を書いているのが良かったので、リンクをはっておきます。


野田首相の大飯原発再稼働について国民に理解を求める声明が発表され、内田樹がそれについての評価を書いているのが良かったので、リンクをはっておきます。

「国民生活」という語の意味について

http://blog.tatsuru.com/2012/06/14_1241.php

〜「内田樹の研究室」から

“野田首相の大飯原発再稼働について国民に理解を求める声明が発表され、それについての評価を東京新聞から求められた。
声明の全文を読まないとわからないので、全文のpdfファイルを送って貰って読んだ。
驚嘆すべき文章であった。
このようなものを一国の国論を二分しているマターについて、首相が国民を「説得」するために語った言葉として公開してよいのか。
私は野田さんという人に個人的には特に好悪の感情を抱いていなかったが、この声明を読んで「誠実さを欠いた人だ」という印象を持ってしまった。
その所以について述べたい。”
……つづきを読む。
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2012年03月12日

2012年3月11日
























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2012年02月21日

i found this in hell

20120221.jpg
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2012年02月19日

test

20120219(001).jpg
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2012年01月09日

2012幕開け

 年末年始は例年にましていろいろ。めんどくさい時間だったけど、発見も多くて面白かった。

 年越しは親元に孫、うちの子等を連れて行って過ごし、束の間のんびり。呑もうと思っていた弟シモンとは、シモンが年明け5日締め切りの仕事を抱えていた為、落ち着いて呑めず。まあ僕も里帰りに持ち帰った、ある原稿と夜中は格闘していた。年明けは今度は奥さんの実家でファミリー大集合の宴会。楽しかった。

 仕事初めがあってまた仕事し飲み続けて三連休の週末に一息。今夜はTobin Ohashi Galleryの企画展『JAPANATION』の初日であり、同ギャラリーの新年会というので、日中事務所で仕事して、その足で夕暮れ時、ギャラリーに向かった。生活が慌ただしくて、自分の作品が展示されていることすら前日まで知らないような状態だったので、馬喰横山A2出口からギャラリーに向かう暗い道、先に見える光のなか、通り沿いのウィンドーに自分の作品が並んでディスプレイされているのを遠くから見て驚いた。画廊内に足を踏み入れると、そこにも数店、大きいものから小さなものまで飾ってもらっていた。新年早々なんだか嬉しい驚きだった。

japanation02.jpg

japanation01.jpg

 年明け仕事初めの後に立て続けに人と会っている。連夜のように仲間と飲んで、帰宅したりしなかったり。今年はそんな感じで時間が過ぎてゆくのかなと、漠然と思っていたので、ギャラリーでは力が抜けてしまった。
 そうだ、これもあったんだという感じ。

 否応なく、今月末の伊丹市立美術館の「キース・ヘリング展」での壁画のパフォーマンスとワークショップのことを思い出す。新幹線のチケットを買ってしまわなくては。21日(土)の初日と、その翌日22日(日)。翌週28日(土)29日(日)、合わせて四日間、美術館の外壁との格闘だ。現場は屋外。チラシを見ると「雨天決行」とある。有名な「六甲おろし」を、壁画を描きながら初体験させてもらえるとは光栄だ。

 Tobin Ohashi Galleryの新年会にそのまま流れ、いつもの鳥番長へ。
 絵の方でも気合いが入った。よし。
 
 絵はとにかくライフワークなので、結局どんなことがあろうとも描くのだろうな。時にいろいろと言われながらも。

 今、関わっている本で、特にプッシュしたいのは以下:

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
 ジョナサン・サフラン・フォア
http://www.amazon.co.jp/dp/4140056037/
 
『花言葉をさがして』
 ヴァネッサ・ディフェンバー
http://www.amazon.co.jp/dp/4591127001/

『原発事故20年』
 ピエルパオロ・ミッティカ
http://www.amazon.co.jp/dp/4760140476/

『こうして世界は誤解する』
 ヨリス・ライエンダイク
http://www.amazon.co.jp/dp/486276116X/

『日中危機はなぜ起こるのか―アメリカが恐れるシナリオ』
 リチャード・C・ブッシュ
http://www.amazon.co.jp/dp/4760140387/

 ……それから、まだ発表できない数冊…… 今年のスタートはここからだ。
 
 
 年明け、元旦の地震があって、マグニチュード7、震源地は千葉沖だった。その影響かどうかは不明だが、大気中の放射線の線量が上がったという情報が行き交った。
 幼い子供を育てるには最悪の環境だ。
 こんな運任せのような育児はしたくない。もうどうしようもないのかな。……そうも言っていられない。
 
 子供達だけではなく、震災、津波、原発事故、身の回りにも傷付いてしまった人達が少なからずいる。
 今年は去年の続きの年だ。

 上記『原発事故20年』のピエルパオロが年越しで福島入りのため、来日していた。明朝帰国する。一昨夜、柏書房の担当者達と一緒に飲んだ。このような事件の前では、例えば日本国政府であれローカルな自治体ということになるのだろう。国家を越えた大きな力が明らかに作用していると知れる、なんとも言えない時を過ごしている。
 どうしようもないとは思いたくない。 

 深夜に帰宅、眠っている子供が寝言で楽しそうに笑う。
 この瞬間を目撃するのは人生の奇跡だ。 
 眠っている子供が眠りながら夢の中で笑うのを目撃するのはラッキー。すんげーかわいいし、信じられないほど無邪気。幸せ。こればっかりは代替するものないなぁ。
 今のところ、元気に育ってくれているのだなと実感できる。問題はここから先だな。

 この瞬間、郡山で通常の倍の線量が計測されている。
 なにがあったんだ。
 
 
 この壁画とワークショップの準備も、そろそろしてしまわなきゃ……。
 いろんなことがあるなあ。

 
 
 
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2011年12月13日

 外皮を剥いて暖房のある部屋に少し放置した小振りの蜜柑の実の薄皮のような、熱を出して咳き込みながら眠る娘(8)の乾ききった下唇。額は熱い。それよりも首が熱い。

 狭い家に菌は容赦なく広まる。

 今日からその娘の弟(4)も発熱。

 冬だなあ。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるけど、あれは、人を憎む人が多いから生まれた言葉なんだなあと、そんなことをつくづく感じながらの月の夜の今夜だった。安いけど美味い幸せなワイン。
 
 一昨夜の皆既月食!!!

 
 
 
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2011年12月08日

ヴェルレーヌ

「ヴェルレーヌと言えば、愛妻との幸福な生活を捨て一〇才も年下の天才詩人ランボーとの同性愛に走り、イギリス、ベルギーなどを放浪のすえ、ランボーにピストル発射事件を起こし、入獄二年の刑を受けた多感な詩人としても有名です。」

……「多感」の一言で済ませちゃうのか、光文書院(昭和46年)。


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2011年10月21日

【雇用と競争について】〜内田樹の研究室〜より引用

 今まさに必要な視点、と思わされたテキスト、それを部分的に貼り付けておきます。全体は http://blog.tatsuru.com/2011/10/20_1207.php ここから読まれたし。

【雇用と競争について】〜内田樹の研究室〜より引用
 
「本当の意味での国民経済とは何であろうか。それは、日本で言うと、この日本列島で生活している一億二千万人が、どうやって食べどうやって生きて行くかという問題である。この一億二千万人は日本列島で生活するという運命から逃れることはできない。そういう前提で生きている。中には外国に脱出する者があっても、それは例外的である。全員がこの四つの島で生涯を過ごす運命にある。
その一億二千万人が、どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である。」(95頁)
この指摘のラディカルさに、私は驚かされた。
当節はやりの「グローバル人材」とか「メガコンペティション」とかいうことを喃々と論じている人たちはおそらく「この一億二千万人は日本列島で生活するという運命から逃れることはできない」と言い切ることができまい。
「競争で勝ち残らなければひどい目に遭う」という命題を彼らは国際競争についてだけでなく、実は国民間の「生き残り競争」にも適用しているからである。
「競争で勝ち残れない日本人はひどい目に遭ってもしかたがない」と彼らは思っている。
あれほど「競争力をつけろ」とがみがみ言い聞かせて来たのに、自己努力が足りなかった連中にはそれにふさわしい罰(列島からでられず、貧苦に苦しむという罰)が下るのは「しかたがない」と思っている。

<ここまで引用>

関係ないような個人的なことを差し挟むと、『幸福な死』『異邦人』を書いたカミュが遂に『ペスト』を書くに至る、その人生の遍歴というか流れが僕は20代の頃大好きだったのだが、そのことを思い出した。

更に引用というか引用の引用というか、とにかく
<以下引用>:

「完全雇用は自由貿易にもまして第一の優先目標である。完全雇用を達成するために輸入制限の強化が必要であれば、不幸なことではあるが、それを受容れなければなるまい。」(100頁)
続けて下村はこう書く。
「自由貿易とはそういうものである。決して、神聖にして犯すべからざる至上の価値ではない。
強大国が弱小国を支配するための格好な手段でもあることをもっとハッキリと認識すべきだ。」(100頁)
改めて言うまでもないが、これは机上の空論をもてあそぶ学者の言葉ではない。日本の高度成長と所得倍増という、戦後もっとも成功した経済政策を現場で起案した人の言葉である。
TPP推進論者たちは、農業もまた自由貿易に耐えられるだけ生産性を高めなければならないと主張している。だから、アメリカでやっているようなビジネスライクな粗放農業を提案している。だが、それによって完全雇用の機会が遠のくことについては、何も言わない。
彼らは「自由貿易は完全雇用に優先する(なぜならば、自由貿易の結果、国際競争に勝利すれば、雇用環境は好転するはずだからである)」というロジックにしがみついている。


<ここまで引用>

この引用も前も後も、非常に心地良い議論が展開されているので、くどいようだけど、またリンクを貼っておこう。
http://blog.tatsuru.com/2011/10/20_1207.php
 
 
ところでまた最近、とてつもなく忙しい。
いっぱいやることがあるのは、嬉しい悲鳴ということにして……

問題だらけだった高校生のころドロップアウトのギリギリのところでオーストラリアの学校に転入した時期、持たされた小田信の『なんでも見てやろう』を読んで、なにかやはり良い心地を覚えたことがあったけど、今は「なんでもやってやろう」という感じ。というか、まあ今はとにかくそうするしかなく、そうしているんだという時期。その時期をどうせなら楽しんでいるけど。もちろん絵も描くよ。いろいろ待ち受けているし。 

今夜の引用は、まあひとつ姿勢の部分に共鳴したのだが、その姿勢をどこからどう汲み取ったのかというような事を考えたときに、抽象表現をしている自分の絵のことは、やっぱり必要なファクターだったんだなあと感じて嬉しくなったということがあって。まあその辺のことは他人には意味不明だろうけど。
 
 
 
 
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2011年09月11日

言語化数値化に対する人間の従属した姿勢が引き起こしたと(個人的に)思われる様々な悲劇を、その直近のモニュメントたる日に想いながら。

it's already September 11th in Japan, now... it's been a difficult time here and there. thinking about things what i did in the past 10 years, and about things i will be doing for the rest of my life. 祈。

 日本はもう9月11日。あの衝撃的悲劇から10年が発ち、その当時は想像もしていなかったことだが、ぼくは今ふたりの幼い子供たちを育てながら、今度はより直接的な当事者として、またひとつ別の悲劇を体験している。
 北アフリカのいくつかの国を中心に起き、そしてその余波のまだ続いている爆発的な変革。悲鳴を上げている先進国の経済、ニュージーランドを襲った大地震、3月11日、ぼくの誕生日に起きた東日本大震災、原発事故と放射能汚染、それからそれから……

 穿った見方ということになるのかもしれないが、多くのことがひとつのコンテクストのなかにあるように感じられもする、秋の夜長。驚くようなことが、多く起こる。パラダイムの転換期にいるような気もするが、もしかしたら、人間の時代の大きな部分は転換の連続だったかもしれない、特に近現代。でも実感として解ることしか、やはり判らないようだ。思想、科学、経済学、このスピード感。そのなかで過ごすことはおそらく可能だろうと思うものの、それはあくまでも個人としての生の話だ。このタイミングに居合わせ、そしてこうしているのだから、それは可能なのだということを、個人的時間の経過をもって証明している。まるでひとつの細胞のようだ。まるでひとつの宇宙のようだ。
 スピード感とスケール感は違う。
 ベルクソンの三角錐の比喩でもなければ、高速において狭まる視野を体験するモータースポーツ選手の話でもないが、このスピード感のなかに身を置きながら、摂理に逆らってでも視野のスケールを保つということが必要だという気がする。摂理に逆らうので、当然、無理が生じる。その無理をなるべく生じさせないように、どのように軽減するかというのは問いだ。視野はそれを確保するだけではなく、拡張できるものでもあるのではないか? 同時に、もしかしたらその拡張というのは摂理に逆らうが故に、実は無理を生じさせるものなのではないかという疑問も生まれる。
 
 疑問は放置すればいい。と、今夜は思う。
 直感に従ってやってゆくしかないんだよね。
 視野というのは、その直感に作用する要素なんだろうな。

 直感に従って生きていると、ものを選ばないで物事が進んでゆく。選ぶという行為について、ひとつ思うことは、そこには算術の関係する要素が多少なりともあることだ。算術は悪いわけではない。でもそれが他の物事を凌駕してしまう世界で、僕たちは生きていない。だからそれを過信してしまっては、面白いことにならない。少なくとも僕の直感は、ずっとずっとそう言っているような気がする。
 心地良くない短い生を無理矢理にやってゆく、それが宿命であり原則だとは思えない。ホルモン分泌や免疫学の話をするまでもなく、人の健康を担保するものは、それではないのだから。そして人の健康は、関係性の健康であり、関係性というのは社会であり、ひいては世界とも言える、のだとすると、やっぱり様々な困難というものが物理的存在それ自体の摩擦という前提条件に織り込まれているとしても、やっぱり心地良さの追究というのはテーマであり鍵であり、同時にパラドックスも内包しているという話になるようだ。でもそれは解釈可能なパラドックスであると、少なくともぼくの直感は言っており、解釈が可能であるということは、解決可能ということなんだと思いたい。単純なぼくの頭のなかの世界では、それはそういうことになるしかないから。

 まあ、それもこれも非常に個人的な話だ。

 で、用はそんな個人的な話っていうのは、実はどうでもいいんじゃないかっていうところから始まるんだよね。なぜなら個というのは、他との関わりのなかでしか存在しないから。まあいいや。

 スピードを増して、それ故に摩擦を増す、そんな人間社会に生きている人間のひとりとして、どうせ消えてなくなるのに、要らないようなことを考える。それだけのことが、少し大きく思えるメルクマールが、今のぼくにとっては今日の日付であり、そしてそれがたまたま、あの地震の日の丸半年であるという、それだけのことかもしれない。スケール感のことに思い至ったのが、今夜の収穫であり、啓示なんだろうな。
 
 9月29日(木)から、サンフランシスコのGenslerという、建築デザイン会社のギャラリーで催される「日本」をテーマにした美術展に、どういう因果なのかぼくの絵が紹介されることになった。これについてはまたいろいろと、どうせ回りくどく、また思うことあり、余裕があったらその思いを言語化してみたいと思う。

 言語化、数値化だけが思いや存在を説明するものではないというのは、今更ぼくが言わなくてもいいのではないかと思うけど、もしかしたら、そんな必要もあるのではないかと、ここでこんな風に生きて考えていると思わされもして、なんともむず痒い感じがする。
 
 言語化数値化に対する人間の従属した姿勢が引き起こしたと(個人的に)思われる様々な悲劇を、その直近のモニュメントたる日に想いながら。
 
 
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2011年08月19日

やっぱり間違いでしたっていう可能性だってあるよね。

 ケインズ対ハイエク… 世紀の対決。

 これでいいのだとされてきた科学や物理学、医学やその他諸々の学問が先になって「間違いだった」「過ちだった」とされることがあるように、政治学や経済学という分野でも、既に実践されていることが、実は過ちだったということは、あるのだと思う。





 作家、保坂和志のエッセイ『寝言戯言19「ちくま」2011年8月号』http://www.k-hosaka.com/nonbook/chikuma19.html。ここでは金融工学という「工学」や、レーニンの放った言葉に触れ、社会の過ちの可能性や、人々のアクションの可能性と困難について言及されている。
 素晴らしいテキストだと思うので、上記リンクを貼っておきます。
 
 個を見れば短い一生。
 子を見れば世界はその先にも続いている。

 アメリカ原住民には「七世代先」に配慮して物事を決する部族があるということだけど、それは理想論では決してないんだよ、ということ。
 
 
 
 
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2011年08月03日

フラフラフラ〜

 暑くてフラフラ〜。
 なんか、なにがどこでどう繋がってゆくのか判らないけど、やることが途切れない。でも子供たちが夏休みらしく祖父母宅へ行ってくれているので、少なくとも夜はそれなりにゆっくりしているこの2〜3日。

 昨夜は近所の友人夫婦とそれから僕たち夫婦で、一緒にのんびり飲んだ。奥さんが出版社勤めの編集者で、つまり僕たちの仕事仲間、旦那さんはインディーズの音楽レーベル主催の熱い人。彼に野球と音楽の話をさせると終わらない。奥さんの仕事は料理本や調理器具の本なども多く、うちの奥さんとはそのあたりの四方山話や企画の話で盛り上がっている模様。
 夜中の裏路地の店の外の斜めのテーブルで酒がすすむ。束の間の、夏の夜を満喫、いい気持ち。
 
 帰りはほろ酔いでフラフラ〜。

 うちの料理研究家の奥さんが、そんなフラフラな夏に、フラとハワイアン料理の教室イベントをやるようなので、宣伝です。
 今回の相方のフラのインストラクターは、奥さんが出版社勤めだった時の同僚で、その旦那さんはPhish Headらしい。それだけで、なんだか気持ちよさそうな夫婦の絵が浮かぶ。

 題して:

■ hoolea hula works × 田内しょうこ コラボイベント ■

ALOHA!フラごはん

 At
 Lohas(Lifestyle of Health And Sustainability)
 Ono (おいしいという意味のハワイ語)
 Hula (踊る)
 And
 ❤Love(愛)

【日時】8月21日(日)11時〜15時
【会費】7,000円
   (一部を東日本大震災の復興支援、ZENKON湯に寄付します)
    http://www.zenkonyu.jp/
【場所】ギャラリーキッチン KIWI
    東京都中央区日本橋本町3-9-4 HONCHO394ビル1F
    http://www.kiwi3.jp/
【最寄駅】
 東京メトロ日比谷線<小伝馬町駅>
 東京メトロ半蔵門線/銀座線<三越前駅>
 JR<神田駅><新日本橋駅>


【問い合せ・申込】 hula_gohan@yahoo.co.jp
【詳細/インフォメーション】 
 ※ 奥さんの告知ページでどうぞ。
http://oyako-gohan.seesaa.net/article/217280594.html

 フラダンスの体験教室で身体と魂をほぐしてから、美味しいヘルシーなハワイ風の料理をみんなで作って、ワイワイフラフラやりましょう、という夏らしいイベントのようです。

 ぜひぜひご参加ください。予約制で12人までの教室イベントだそうです。
 
 フリフリチキンやガーリックシュリンプ、アヒポキ、ロコモコ??
 どんなハワイ料理を作ることになるのか、ぼくはまだ知りませんが、この季節には特に美味しい。ばっちりですね。
 気持ち良くなって、やっぱりフラフラということになるんでしょうね。
 
 気になる方は、ぼくに問い合わせや連絡くださってもOKです!
 mario-mandala@sukimaweb.com まで。

 

 
 
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2011年07月29日

【憤る】H23.7.27 衆院厚労委員会 児玉龍彦参考人

日本語分かる人は必見、必聴。
怒りが爆発している。しかし踏み外したりはしない。
生きる姿勢について、先日、ある詩を題材にして話し合った。
これは生きる姿勢の問題なのか。
有事に何を考えどう行動するかは、平時に何を考えどう行動してい​るかが問われるのかもしれない。
「国会の完全なる怠慢」というのは、今だからという問題ではない​のだろう。
それに国会に限ったことでも無いように思われる。


 
 
 
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2011年07月15日

福島県南相馬市2011年7月11日(1)

 イタリアからフォト・ジャーナリスト、写真家のPierpaolo Mitticaさんが来日。
 chernobyl.jpg
Chernobyl: The Hidden Legacy
出版社: Trolley Press (2007/4/26)
ISBN-10: 9781904563587
ISBN-13: 978-1904563587


 この本を2007年に出版した写真家。チェルノブイリの事故の20年後から毎年チェルノブイリの避難区域、つまり既に荒野と化した一帯に入り、写真による記録を続けている人が、そのピエルパオロさん。1971年生まれの同世代の人だ。
 ぼくの「Mario Mandala Colouring Book」を出版してくれているイギリスのTrolleyという出版社から、この「Chernobyl」も出版されており、ぼくはこの出版社を主催するGigi Giannucciに紹介されて、この本を持っていた。

 3月11日の大地震、そして巨大津波、そして原発事故の直後、ぼくはこの本の存在を当然のように思い出して、書棚から引っ張り出した。写真は何度も眺めていたものだが、英文のテキストは、実はちゃんと読んでいなかったからだ。テキストが割と充実しているというのは視覚的に知っていたのだが……。とにかくそのテキストに、これからの自分達の生活に起きてくる“何か”のヒントがあるのではないかと思い、引っ張り出した。そして驚き感心した。
 すぐにGigiに連絡をし、この本のPDFデータ(入校用)を送ってもらった。そして、ある出版社の編集長と連絡を取り、この本の日本での出版をアレンジすることになった。
 日本ではこの9月に出版される予定で、今、急ピッチで翻訳作業など進んでいる最中だ(詳細は、また出版が近付いたら、その時にでも)。

 先月、ピエルパオロが福島に入りたがっているという連絡をGigiから受け、ぼくはそのコーディネートを手伝うことにした。場合によっては必要な通訳も。
 ピエルパオロとメールでの遣り取りが始まり、日本を拠点としているピオ・デミリアというベテラン・ジャーナリストの伝手で、20キロ圏内での取材の許諾を取れそうだということになり、もう次の瞬間には来日していた。

Pio d'Emilia
ピオさんの執筆した『放射能という津波』は先日イタリアで出版され、近々、幻冬舎から日本語訳で出るらしい。


 幾人かの貴重な協力者が現れ、とにかく来日直後のピエルパオロ、ピオさん等と白金でパスタを食べて挨拶。来日滞在中のスケジュール調整など、相談をした。得難い機会だということで、その白金のイタリアンには下野さんも同席。そのまま、僕達は週明けに南相馬市に取材協力、通訳など必要であれば兼ねるということで入ることになった。

 南相馬市は福島第一原発の20キロ圏の北、わずかに外。爆発を起こした時には東南からの風が吹いていたので、その風に乗った放射能汚染をダイレクトに受けた土地だ。
 福島市で新幹線を降りて、レンタカーを借りて(ぼくは免許が切れているので助手席)、川俣、飯館村、浪江町などの、好ましくない理由で御馴染となった地名の標識や、その場所そのものを越えて、1時間半ほどで南相馬。道中もそうだったが、驚くほど閑散としている。ゴーストタウンの様相だと、少なくとも僕達の目にはそう映った。
 道中は、7月上旬の、まだまだ明るい緑の田畑と、それから木の生い茂る山々の風景。こんな豊かなところが……という、なんとも言葉にし難い、情けなく、悲しい気分。明るい緑の田畑というのは、つまり、作付けが事故の後に例年通り行われているし、今も人の手が入り、作物が育っているということだ。水田の水面から20〜30センチほどに成長した若い稲のフレッシュで明るい緑色は、この酷暑の太陽の力強い光を吸収し、反射し、文字通り輝いている。「しかし……」という思いが頭をもたげるのは、この状況にそこを訪れた者にとって、どうしようもなく自然な感覚に思える。これら全て、救いようが無いのか? 見た目は普通の田畑なのだ。道沿いの家々には人の気配もあり、布団や洗濯物が屋外に干されている。そんな飯館村を通過している時に、雨がぽつぽつと落ちてくる。ここは帰り道にも雨だった。フォールアウトはそのようにして起こったのか、そんな想像に繋がる。

 浜町第二中学校での炊出し。主催は、日本で大成功しているサルバトーレ・クオモ(http://www.salvatore.jp/)の、サルバトーレ・クオモ氏が直接率いるピザ部隊。本格的な大きな釜を持ち込んでのピザとパスタ、スープ等の炊出しだった。イタリア文化会館館長の姿もあった。九段の赤井ビルに読売新聞のナベアツ氏が文句を付け取り潰そうとしたのは記憶に新しいが、その時に折衝にあたり、事を収めた人物とのこと。サルバトーレ氏同様に、強靭な人の存在感がある。ピオさんも然り。
 
 続く。

jieitai_car.JPG
 福島市→南相馬市への山道。緊急車両や瓦礫を積んでいると思われるトラックなどが多く、物々しい。

sokuryo.JPG
 津波に描きかえられた海岸線を、堤防から測量し直していると思しき人。

car_minamisoma.JPG
 更地になった海辺の土地。高圧電線の高架と、捨てられた車。

yellow_car_minamisoma.JPG
 おそらく津波にやられたスポーツカー。

boat.JPG
 津波の襲った場所は、まだまだ手が行き届いておらず、更地となった土地の、そこらじゅうに船やボートが……。

 pierpaolo_mario.JPG
 ピエルパオロ・ミッティカと。南相馬市の原町第二中学校にて。ここは避難所になっており、まだ130人ほどの人々が避難生活を送っている。
 
 
 
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2011年07月08日

Waterslide Records の Tシャツ素敵

 ロゴデザインをさせてもらった Waterslide Records のTシャツが発売になりました。縁起が良いので着てみてください。ピンクのが、ぼくは好きです。国内外、パンク、ハードコア、などなどです。音楽については、レーベルのサイトで試聴してみてください。

 Waterslide Records
 http://watersliderecords.com/





注文はコチラから 
→ http://watersliderecords.net/?pid=32674013

今年も猛暑だっ!

 ロゴと言えば記号で、ぼくは記号が好きだ。
 言葉は記号で、ぼくは言葉が好きだ。
 記号とは、それ単体では無意味で、ぼくは無意味が好きだ。
 言葉も、それ単体では、本来無意味だ。
 でも、多くは意味を意図して作られた記号であり言葉なので、結局意味を持つ。

 無意味な記号をつくれば、拠り所になると思い、無意味な図を描いているが、無意味な図は…… 

 意味を交換しあうより、そのイメージを共有しあうことのほうがずっと好きだ。

 でも意味を追究しなければならない局面があるのだとしたら、それは徹底的にしなければ、無意味に等しいんだよね。そんな気分でかつて読んだ『理想なき出版』アンドレ・シフレン(著)/柏書房(刊)。

 一九六〇年代の初めというのは、重要な問題の多くについて、明らかに実践が理論に優先する時代だった。公民権運動が盛んになるにつれて、人種問題を論じる本も大量の読者を得るようになっていったが、アラバマ州南部の公民権運動の中心地セルマ市をはじめとする運動かの活動する地域では、問題の所在を指摘するわれわれの本に頼る必要はなかった。(p.82)


 行動ある場においては、その優れた言語すら凌駕されてしまうのか、なるほど。今、ぼくが実感したいことはそれです。ぼくはこの数ヶ月、通常の仕事をしつつ、福島、放射能、原発、そんな問題に関係する本や絵やいろいろな企画に、募金なども含め、なるべく積極的に関わりを持つようにしようと思って生きていますが、例えば、いくつか企画している福島や原発関係の書籍についても、実際にその場で生きている人達にとっては、今は無意味なのかもしれないな。でも、本は即効性よりも遅効性のメディアだと思うので、やっています。
 ステイする情報。
 フローする情報というのもある。ネットの情報の多くはフローしていくものかもしれません。

 とにかく、本のことをやっていて、絵のことをやっていて、育児をやっていて、友人付き合いをやっていて、いろいろいろいろやっていて、お陰であれこれ読もう聞こう話そうと思わされる機会に事足りないほどで、本当に良かった。原発事故があって、それで関心を持って読んだ聞いた知ったことも多かった(決して良くはなかった)。この直感が何かを考えるから、過去に人が何を考えて生きてきたのか、そういうものを読んで聞いてみようと思えて本当に良かった。この言葉の意味するところがどういうことなのかに興味を持って本当に良かった。料理も酒も多様にあって………良かった。
 それぞれを行動できる状況に生きていて、それはとても良かった。
 いろいろできないのであば、ぼくはステイする何かを選んでやっています。

 ちなみに、このアンドレ・シフレンの『A Political Education』はこの秋くらいに日本語訳で出版される予定で、それは待ち遠しい出版です。いつなんだろ。

 音楽もいろいろあって、それぞれに、ぼくは好きな物そうでないものありますが、このレーベルの音楽は行動を伴った音楽で、とても良いと思います。気持ち良いものは多様にある。
 
 旧友のやっているレーベルで、応援しているというのもあります。応援されてもいます。その相互性こそ、行動なんだけどね。

「win-win」なんていう、いいとこ取りの“用語”ではありません。生きたい生き方を、共に生きて行けるかっていう、ちょっと大袈裟な感じもするかもしれないそのような感覚だけで人生の時間が満たされればいいのに。そう感じたときに、行動が起こるのだと思います。

 些細なことであるように感じても、その感じがあるかないかでは大違いだと思うんだけどね。
 
 はやくTシャツ来ないかな〜。
 
 
 
 
 
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2011年06月20日

キケンジ氏 〜 一輪車で日本縦断中!?

 週末、珍客あり。
 キケンジ氏というその人、北海道の稚内の宗谷岬、つまり所謂日本の北端から、なんと一輪車で日本縦断中の人。
 この春、妻子がお世話になった兵庫のSさんから「こんな旧友がいて」という話を聞かされ興味を持ち、インターネットで調べ、噂の「一輪車でアイスランドを一周」した旅行記を見つけ、そこから連絡を取り、なんとなく縁が繋がった人。
 僕の人生は「縁」と「運」のふたつだけだが、やっぱり縁というのは面白いものを運んできてくれるから有り難いとしか言えない。

 先ずは17日(金)の昼間、雨だったので心配したが、渋谷の駅前交差点での一輪車フォトセッションを終えたキケンジ氏と、旅行系ジャーナリストであり編集者/ライターの中田さんの二人は無事に神保町までやってきてくれた。これまたちょっと面白い縁で繋がった八坂書房の編集者の畠山さんにも声を掛け、みんなで昼食。本の企画を目論む。神保町すずらん通りの「揚子江菜館」へ。
 
 なぜ、一輪車なのか? 
 なぜ、アイスランド一周なのか?
 なぜ、日本縦断なのか?
 なぜ…?

 なぜは尽きない。
「なぜ?」を喚起させてくれる相手は貴重だ。そういう人の言葉は重要だ。1500キロの道のりを走ってきた人と荷物と一輪車。「旅」をする人達の言葉は有り難い。彼等の存在そのものが「何故」を内包し、それ故に偶発性を有しているから。
 楽しい。

 昼を食べながらの短い出会いと歓談の時間は、あっという間に過ぎ、夜の再会を確認し、見送る。
 見送りの景色に残るのは背中だ。同じ別離でも、見送られる場合とはやはり異なる筈。


 
 仕事を終え、弟シモンもどんな縁でか参加しているらしい、あるチャリティ本のアンソロジーの刊行イベントに顔を出し、9時半頃に下高井戸のうどん屋、JazzKeirinへ。
 JazzKeirinの店主の栂野氏は、これがまた興味深い旅の人だ。旅の人であり、言葉の人でもある。勿論、Jazzと競輪の人でもあり、得難い友人でもある。沁み々々と温かい人で、ローカルな人。言ってみれば仲間。
 そこで待っていたのは、そのキケンジ氏と、昼間の中田氏と、それから軽やかで気持ちの良い表情と出で立ちの内田さんという、やはり一輪車乗りの人。電気の施工を専門職としているらしい。店の外には、その内田氏の36インチのお化けみたいな一輪車。


内田さんと36インチの一輪車(時速16キロ)/キケンジ氏のは24インチだそう



 よく飲み、訳ありのような話も、訳のわからないような話もし尽くし、疲労のある旅の人には申し訳ないが、旅人を迎える土地の人には有り難い宴の夜。宴としか言い様のない楽しく混沌とした宴が終わり、深夜。キケンジ氏を案内し我が家へ。妻と息子(4)は未だ起きて待っており、娘は就寝。いくつか話をし、この日は終わった。

 翌朝、僕が目覚めると皆すでに朝食も終えていて、みんなで近所の公園へ。娘(7)は一輪車が大好きで、彼女の学童保育の仲間達もいつのまにかみんな一輪車仲間。習い事やスポーツの予定の無く都合付く子等に声をかけ、皆一輪車で公園に集合。日本縦断中の一輪車乗りだよと言っても、幼い子供たちは日本がどれくらいの大きさなのかよくイメージできない(もっとも、僕自身もそれをイメージできているとは言えない)。ただ、不思議な人が厳つい一輪車と大きなリュックとヘルメットで、子供たちの前に現れたという午前。それでも一輪車を駆る彼女等には、キケンジ氏との、僕には持ち得ない共通言語がすぐに組成され、あっという間に空間が生まれた。子供というのは、本当に楽しそうな生き物だなと、改めて思った。キケンジ氏という自由な人がおり、その人がただ楽しそうか、と問えばそうは言えない。不思議で複雑な表情であり顔であり存在であり、それ故に「なぜ?」という人の姿なのだと思う。
 子供には自由/不自由という存在ではないというような一面がある。








 日本縦断の旅には、まだ先の長いのに、こんな無駄とも思える時間に付き合ってくれたキケンジ氏を見送る。子供達にとっては、日本縦断の一輪車乗りと触れ合えた時間というのが、いつの日か意味を持つこともあるのだろうか? 僕の場合は、不思議な出会いが後で効いてきたような経験は数多くあるが。
 ※ その日のキケンジ氏自身による記録 →

 一時間も経たないうちに雨模様。ここから先の道中も、無事で行きますように。彼がどのような存在であるのかについては、旅人のその違和感を受け入れる側として立つこちらに残された、今後の課題となり得ることだろう。その為にも忘れずにいたいし、それを人に伝えたいと思うのは、僕の役割のようなものだと思った。
 見送るのは、はやり背中。しかし一輪車にでかいリュックを背負って疾走してゆく人の背中というのは、やっぱり珍しいものに違いない。
 空気の変わるような景色をひとりの人間が生むことができるというのは、単純なことではないのだろうと思う。


※ その日のキケンジ氏の記録 →

 まぎれもなく冒険家。


 
 

 
 
 
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2011年06月07日

2011年6月

今年は五月も気の重いこと少なくない子育て。
日々のなかでは良いこと、楽しいこと、そういう時間も多いものの……
あれを気にし、これを気にして、気がついたらもう6月。
5月の最後の日曜日、草野心平の詩の朗読を聞く。
朗読は、詩人、作家、道化師、歌手、俳優……がひとりになった、もうなにがなんだかという明川哲也さん、場合によってはドリアン助川さん。
草野心平の詩にこのタイミングでこうしてスポットライトの当たるのも、3月以降の大きな出来事のため……
福島県上小川村(現・いわき市小川町)出身の詩人、そして酒飲みでもあったらしい。
新宿のゴールデン街の「学校」というバーは、その草野心平の開いた店の、場所を移してそのまま流れを汲んだ場所とのこと。

特に心に残ったのは『五月』という詩と、『生きたい・生きる』

今年に入って2月から、ある編集者を中心とした4人で毎月一度、
集まって、詩を読む会をやっている。
先の朗読のイベントではないが、詩を意識して暮らすと、
詩はそこらじゅうに溢れていた。
ちょっと、かなり、重い気分の3月以降を、そういう風に日々のなかで見つける詩を頼りに暮らしている。
子供たちの存在もまた詩に近い。

今日はなんだか特にくたびれた帰宅の電車から降り、駅から自宅へと歩く線路沿いの薄暗い小道。
夜10時過ぎ。
上着は無しのワイシャツ姿の仕事帰り風の男性に手を引かれ、明るいオレンジ色のTシャツを着て、黒い野球帽から長い髪をゆらし、なんだかうきうきとした10才くらいの女の子が、うれしそうな足取りで跳ねながら歩いていた。
……うちの娘は、帰ったらもう眠っているんだろうな
(4才の息子は起きているに違いないけど)。
ちょっと疲れた様子の父親と、跳ねながら歩く娘は、ずっと無言で、でもずっと手を繋いでいた。
数分歩いて、帰りの曲がり角に差し掛かったとき、その子がいきなり

「ねえ、ジャイアンツってローマ字で書けるようになったんだよ!」

と、父親を見上げて言った。
横を向いた野球帽にちらっと見えた、例のYとGの、オレンジ色のモノグラム。
父親はずっと無言だったけど、なんだかちょっと良い瞬間だったな。

それだけ。

帰宅したら、やっぱり娘は寝ていて、息子は起きて遊んでいた。

ジャイアンツの試合結果がちょっと気になって調べたら、どうやら日本ハム相手に負けた試合だったみたい。
だけどきっと良い夜だったんだろうな。
 

 
生きたい・生きる

阿武隈山脈の南の麓の寒村に。
私の生家はあった。
その奥座敷に母は寝ていた。
肺を病んで独り静かに。
鯉の生血を飲むこともあった。

障子をあけると。
縁側を距てて中庭が見える。
庭石やつつじや山茶花や紅梅。
高い竹垣の外はいちめんの真竹の竹薮。
そのはじっぽに無闇にでっかい楠の大木。
恐らく北限の代物に違いない。

  きれいだねえ。

しんしんしんしん雪がふり。また。
積った雪に陽が照り映え。
ダイヤモンド微塵に光ったりすると。
母は紅梅や雲や山茶花を挑めては。

  きれいだねえ。

と言ったものだ。

六十五年前の真冬。母は死んだ。
四十六歳。自分は尋常小学六年生だった。

私が憶えている母の最後の言葉。
(きれいだねえ。)は。しかし不思議に。
自分に悲しみでなく勇気をくれる。

二十世紀も終りに近い複雑怪奇・極道万里の世代のなかで。
母の最後の(きれいだねえ。)は。私にとっては(生きることだよ。)なのである。
八に○をつけるのは一年後だが。
私はもっと生きたい。
生きたい・生きる。
 

草野心平

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2011年05月13日

救済を望んでいるわけではなく……


題:【最初の審判】
今回の展覧会のメインの一作。

Fukushima Daiichi nuke plant meltdown.... well, many of us thought so. TEPCO and the government, how we can trust their providing information? Why they have to hide so many important information? For what reason?? We really don't understand that. They seem to be victimizing so many people with their poor operations and lies.

Radiation pollution, high Bq vegetables, soil, water, etc. detected in so many different regions. What is the actual risk of rising small children in Tokyo (for my case) under such circumstances? We really don't know. There are enormous number of people living much, much closer to the Fukushima Daiichi, being stuck at their towns. The government are recommending people in some particular "hot-spot" regions to escape, but with their own responsibilities and risks... What is this? 

ただちに健康に影響 が出るものではない

ただちに影響のある数値ではありません

There is no "immediate" effect on people's health and environments.

...that is what the government keep repeating for us from the beginning, since March.

Things in Japan have been quite awkward since.... Raising children, maintaining business, choosing vegetables, reading and watching news on XXXXXX and XXXXXX and etc., watching weather report… many things are getting a little bit stressful here. We are learning some serious lessons now… 

福島第一原発、やっぱりメルトダウン。とんでもないな。政府も東電も対応がお粗末だ、というよりも、ウソだらけだ。嘘というか誤魔化しというか……。そうまでして彼等は一体なにを守らなければならないのだろう。そんな単純な疑問が湧く。彼等が責任を持って守るべきは国民であり、汚染の被害者たちではないの? 原発事故の潜在的被害者の数は計り知れないのだろうし、それよりも地震津波の犠牲者・被災者の数も甚大で、この被害、混沌はどのように収束してゆくのだろうか。そもそも収束してゆくのだろうか? ただ時間が洗い流してゆくのだろうか。

例えば放射能汚染によって10年後、20年後、30年後というタイムスパンで社会的な思考をするということが、人々の傾向として強まり、更に定着ようなことがある場合、無意識下でのマインドセットの変化が集合的に生じて、社会思想のパラダイムが変容するというようなことがあるのかな、などと考える今は、まだ余裕があるということなのだろうか。

それでも幼い子供達が先々でも健康で(なるべく幸せで)いられる為に、今なにをすべきか? 何ができるのか? とりうる手段はあるのか? そのことについて思考し費やす時間は、3月以降、信じられないくらい多い。素人には判断のつかないことばかりが余りにも多く、直感的なアクションを取れるほどの余裕はない。

同調圧力というのが実際に作用している様が、今は特にはっきりと見て取れる。
ぼくは幼い頃から学校を初めとする社会と、ほぼ馴染まずに生きてきたから、同調圧力や集団心理というものを、やはりかなり強烈なものとして感じている。無言無自覚の意識統一にはバイオロジカルな迫力すら感じる。
それに対応するように、個である人の放つ光もよりリアルに映えるみたいだ。

………

ギャラリーバーカジマでの展覧会は、無事に幕開け。
こんな時だからこそ、軽い、ゆるやかな展示になるように、特に心掛けてみた。

店主の加島牧史さんとの対話は、いつも面白い。
まさに個である人の、その放つ光。
限りなく自覚的であるが故に、際立つ無自覚の部分が。




本当の姿はこちらか。
 
 
「あなたはメキシコの救済を望みますか? キリストが我らの王になることを望みますか?」
「いや」
       ーーー マルカム・ラウリー『火山の下』


ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』の冒頭の引用に、いきなりヤラれた。

 
 

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2011年03月28日

another weekend -- March 27, 2011

I am sitting in Tokyo.

On Friday 25th, I had drinks with my father in law. He's a respectable man, and I was so glad that I had the chance to talk with him, listening to his talks... about various, various things. There are so many concerns now with us. It is a relieve for me to know that it seems we basically share common understandings about values and essences of life -- this is an important factor.

Talking with my wife and children on the phone is an important time for me, now. We are wondering what will happen next. Children are not having much to worry by themselves, which is good. It's so nice to hear their happy voices. Exchanging information and thoughts with my wife.

Talking with my brother, talking with my mother on the phone, just to exchange our current situations. I am glad that we are all calm and keeping soberness. State of tension is, however, quite high.

Meeting with several friends. Talking about things. Trying to get some important works done. Endless research about current situation on the Internet, but the matter is beyond our imagination. Official information, unofficial information, demagogue, etc. etc... People are saying different things, but what's clear is, obviously, it is not a welcoming serious situation.

I talked with a professional driver, who went to afflicted area of the earthquake and Tsunami disaster. He received authorization for an emergency vehicle, and headed north to Iwate, Miyagi, Fukushima, where the catastrophe are, to help people by delivering limited basic goods. Horror stories... I lost my words.

I am also reading personal reports written by disaster victims, medical people who went there, etc, etc... What can I say? What can I do?

The disaster of the earth quake and Tsunami, and the troubles of Fukushima Daiichi Nuke Plants -- those are related, but two different matters. Both so terrible, so horrible. What kind of industry energy-industry is? What is politics?

Getting ready for tomorrow, now it's 2am. I have to sleep. Tomorrow is another day, and we are all praying, situations will get a little better. But news don't make us feel so optimistic.

We need to follow our intuition.


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2011年03月16日

イギリス大使館発(3月15日)原発関係/【Japan Nuclear Update – British Embassy】

英国大使館の発表。今なされている対応は適切なものであるとの英専門家(複数)の見解。

例えば、
「東京のブリティッシュ・スクールにおいて放射能汚染を理由とした休校の必要性は現状無い(建造物劣化等、他の理由の可能性は否定しない)」とのこと。

● 英語原文(コピー): http://bit.ly/hH9vQn

さて、どうだろう。この見解の正しいことを祈る。
 
 
 
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