■ エヲカク ■

2015年06月03日

ああああああああああああああああああああああああああ

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すっきりだぜ
ところでトラウマっていうのは厄介だな


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2015年05月17日

自転車シェアリングおよび人生初ダイエット

「自転車を使うときあったら、鍵がうちのポストに入ってるから、自由に使っていいよ」って同じマンションの先輩住人に言ってもらって、時代はカーシェアリングならぬ自転車シェアリング。

おかげで今日は初めて家族四人がそれぞれの自転車で、連なってサイクリングがてらプールに行ってみた。

いつの間にか自分の脚で遠出できるまでになった息子の成長に、時の流れと、自分の加齢も実感。子が成長してるってことは、同じだけの時間が自分にも流れ去ったということで、いつもながら、なんとも言えない気分になる(俺はその間なにをした?)。

人生初ダイエット挑戦で、炭水化物を抜いて早11日目。25mプールの二往復目、90mに差し掛かろうとするあたりで経験したことのない酸欠状態。やっぱカーボン大事だってことに身を持って気付かされる。危なさそうなので、まる二週間やったら米解禁しようと思う。

炭水化物抜きとは言っても、抜いているのは米と粉物(小麦)のみ。蕎麦はOKということにして平日の昼は盛蕎麦を食ってる。まあ自分的にはそれでも相当なチャレンジ。芋は控えてる。あ、ビールは飲んでる。要はおかずだけ食べて、酒もいつもどおり飲んでる状態。

米解禁日は、とろろかな〜。カレーかな〜。

てか言いたかったのは、自転車シェアリングとてもありがたかったです。感謝々々。鍵を返すときに、板チョコにお礼を書いて、一緒にポストに入れておきました。溶けなきゃいいけど。
 
 
 
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2015年04月08日

【柏水堂(神保町】86年の歴史のピリオドがまさか俺とは

記憶が薄れるまえに、あの日の記録をこちらに移しておきましょう。

去る2015年3月31日。

なんと行きがかり上、柏水堂の最後の客となってしまった。
ケーキは当然残っておらず、可愛らしいチョコの詰め合わせ。

昭和四年創業。86年の歴史のピリオドがまさか俺とは。
なんかごめんなさい!!

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でも先日も息子8才の誕生日のバースデーケーキは、柏水堂に注文したんだよ。あれが最後だったのかと思うと切なさもある。美味しかった。

日が暮れかけたころ、おっかない奥さん(甘党)から「最後だから買ってこい!」ってメッセージの指令が飛んできて、事務所から車道を走ってわたって行ったらシャッターが降りかけてて、そしたら「ケーキはもうないですけど」って入れてくれてチョコ詰め合わせを買いました。あの素敵な制服のみなさんに見送られて店を出ながら、いいのかなって思ったんだけど、その背後でシャッターがしまって幕。しょっちゅうしょっちゅうじゃないけど、神保町勤めになってから折に触れ買って帰ったケーキ屋さんなので…っていうか、お菓子屋さんが閉まるのは、やっぱり寂しい!!!!

ザ・バタークリームのデコレーションケーキのオールタイム☆ベスト!!!

有名なプードルを、おっかない甘党奥さんが記事にしたのが残っていたのでリンクを貼ります。

【madam FIGARO.jp 午後三時のご褒美スイーツ】より
● 可愛らしい犬の姿に癒される、レトロなケーキ
  2011.01.11
http://madamefigaro.jp/sweets/2011/01/13497.html
「昭和4年の創業当時はフランス料理店だったとか。小津安二郎監督や向田邦子さんが通ったことでも有名です。」

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日付入り。神保町の洋菓子の名店、柏水堂の最後の客となってしまったので、記念にという訳ではないが、領収書。
昭和四年〜平成二十七年の歴史に幕。

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素敵だった店内。

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ショーケースは空っぽだった。
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2015年01月07日

アイデンティティボケ

いわゆる平和ボケってゆうのはアイデンティティボケなんだろうな。自分が何者だか考える必要もないから、相手が誰だかを知る必要も薄いってゆう。

昨夜のBARRIO GOLD RECORDSプレゼンツのチカーノアートのPablo Cristiのトークイベント面白かった。アメリカならではの人種対立や社会生活の格差や障害がとても分かりやすいコンフリクトとなって、創作の引き鉄となっている。作り手のアイデンティティが非常にハッキリする。そのハッキリ故に単純化された現象が先ず現れるんだけどそれは入口の話で、そこから中へと潜ってゆくとかなり混沌とした感情があるのが解る。わりと分かりやすく混沌としている。でドグマもまたはっきりとしている。傷は深そうだけど、シャープな切り傷といった感じ。膿んだらどうなるんだろう? 血液や肉が健康で膿む前に傷が塞がれる。でも傷はひとつじゃないし、まだ常に新しい傷が生まれている感じ。いわゆる活動期だな。傷つきはするけど生命力が強くて死なない。

対して成熟期とも言われたりする今の日本の社会は良くも悪くも平均化というか均衡化されているのかな? 誰の目にも分かりやすい対立構造というものが実は無くて、作り手(に限らず何かの担い手)はその主張の根拠を説明するのに困るだろうなと思った。だからコンセプトを過去や他所から借りてこなきゃいけなくなるっていう訳でもないんだろうけど、今コレ!みたいな必然性は希薄になるよね。ぼんやりとしたモノの良さもあるかもしれないけど、一点突破したいときには強度不足に泣かされることもあるかも。だからと言って格差の拡大や不安定化を望むわけでは勿論ないけどその辺はジレンマという言葉が便利かも。

平和は素晴らしいけど、その影響としてアイデンティティはボケる。平和のなかシラフでいるのは、もしかしたらなかなか大変なのかも知れない。

アイデンティティボケすると自分が誰か、そして相手が誰か、そんなことが関係なくなっちゃうわけだから、あらゆる「誤差」を飲み込んで、地平だけは異様に広がっていくんだろうな。ボケ。それで広すぎて迷子になるという。すてき。自分探しというような活動の理由はたぶんこの辺にありそうだ。痛い目を見にいくんだよね、多分。

自分のテリトリなんか狭くていいんだよね。テリトリの外に広大な「未知の領域」があるっていうのがいいのかもしれない。酒。狭いテリトリのなかのことに先ず責任を持つということで良いんじゃないでしょうか。

何書いてんだ? 
酒です。 
チカーノ万歳w
 
とにかくなんだか今ちょっと面倒臭い時期です。
 
 
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2014年09月24日

音楽!

息抜き、というつもりでもなかったんだけど、徹夜続きの仕事の頭に風穴が開くかなという期待もあって、ご近所のピアニストの新野さん(大背戸亜紀子さん)の演奏会の昼の部に誘っていただいたのをこれ幸いと聴きに出かけた。演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番で、僕でも知ってるあの有名な曲。ロシア革命前夜の音楽。

ギリギリのフラフラで会場についたら、なんとピアノとオケの真ん前の、手を伸ばしたら届いちゃうくらいの、すごい席が用意されており、ド迫力に、徹夜の絵描きと白ワインでHIGHになっていた頭を完全に撃ち抜かれた!!

音が鳴り響いた瞬間に、子供達を連れて来なかったことを激しく後悔。夜の部もあったので、当日入場の可否を訊いたところOK! ということで興奮冷めやらぬまま夕方に子連れでトンボ返り。
ホテルのレストラン・バーが会場。桐朋音大と東京音大の学生による超若々しい少人数編成(14人)のオケはかなり個性的で面白かった(いい意味で)。個人的にはチェロ奏者に感心したのと、ホルン奏者が人柄出ててちょう面白かった! あとフルート奏者が可愛かったw

ピアノは……この曲なんと3万音から成っているんだって。超絶技巧とか言われるけど、亜紀子さんの演奏は端正で丁寧で、なんだかとても嬉しかったな。すごいの一言だけど。

音楽に助けられることは多い。

絵を描きはじめた頃、あのドン底の気分で過ごしていた時期、当時まだ仲の良い友人でそんなにおっかなくなかったうちのおっかない奥さんが、サントリーホールのショスタコビッチの券を二回分くれて、それを二晩続けてひとりで聴きに行って、なんだかやっと正気を取り戻したような気持ちになったのを思い出した。

亜紀子さんだけじゃなく、新垣隆さんの落ち着いたベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番もとても素敵だったし、須藤千春さんの激しいグリーグのピアノ協奏曲の演奏も熱くて高揚した。

おかげで今夜も、とても良い気分で描けそうだす!!
謝謝! 

……というか感動しました。
 
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2014年07月14日

ガザ地区



いったい何が、どうして起きているのか? どうしたらあのような殺戮が為されるのか? ちょっと細かく分からないし理解できなかったので、あれこれネットで調べているとこのリンクに行き当たった。

いまガザで何が起きているのか〜ラジ・スラーニ氏 インタビュー
http://www.labornetjp.org/news/2014/0713gaza

ガザ在住の人権活動家というラジ・スラー二という弁護士が、ガザ地区、パレスチナに置かれた現状について語っているもの。土井敏邦という中東情勢に詳しいとされるジャーナリストによるインタビューとその和訳。
ご参考まで。

【関連リンク】
第二のノーベル賞ラジ・スラーニ氏来日・ガザの現状を語る!
http://camp-fire.jp/projects/view/1013
Raji Sourani(wikipedia)
http://en.wikipedia.org/wiki/Raji_Sourani
土井敏邦(wikipedia)
http://bit.ly/1mYCKjv

このまとめ記事もなかなか重いものを含んでいた。

移民に乗っ取られた国】1900年ごろのパレスチナの風景【イスラエルはアラブ人の土地だった】
http://matome.naver.jp/odai/2136350437131943401
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2014年06月24日

THE TOOFOO @ CLUB Que 下北沢

絵のパフォーマンス以外でステージに上がって悪い汗をかいてきました( ´ ▽ ` )ノ

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下北沢わたくしごとプレゼンツ、Fool Groove Line 2014@CLUB Que(20周年おめでとうございまつ!)に、オープニングアクトでTHE TOOFOOサクッと殺ってきました。

「初心を思い出して胸が熱くなったw」
「これまで山ほど対バンしてきて、多くのバンドには目もくれなかったけど、久し振りに楽屋で自己紹介したいバンドと出会ったw」
「よくコードぜんぶ覚えましたねwwww」
等々…

なぜか頂いたコメントはどれも「(笑)」がついていたような気がしますが、たぶん気のせいですね。

笑っていただけたので、役目は果たせたのかなと思っております。

それにしても良いパーティーだったなー。
オーガナイザーの竹田くん、バンド+DJ+フードなど総勢数十名の出演者/関係者の皆様および20周年を迎えたCLUB Queの皆様、というかその場にいたすべての皆様、深夜〜朝まで、本当におつかれさまでございました謝々!

音楽って楽しいなー。
そして下北沢は、やっぱり素敵な街だった!

とにかく前座っていうのは終わってしまえばずーっと飲んでられて幸せな役回りですね。気がついたら朝10時くらいに自宅前でした。

後から対バンや加入のオファーを頂いた気がします。
戯れかと思われますが光栄ですAZS!!!

THE TOOFOO
Vo. だーたけ
G. 電波マリオ
B. MATU☆まつ
Dr. FKD(要)

※奥さんが動画撮ってくれてるみたいですが、シラフで聴くのが怖くて、まだ聴けません。老後の楽しみにとっておこうと思います。

あ、あとTシャツ評判良かったみたいで嬉しかったです!!

また是非々々よろしくお願い申し上げマツ。

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2013年12月23日

三島由紀夫の声(最後の対談)

三島由紀夫の声(最後の対談 前半)

同(後半)


おっもしろい!! 

戦前戦後というのは、この国にとって、想像していた以上に巨大な転機だったようだ。で、三島は二十歳で書いた遺書が呪いとなったことに加え、氷河期を迎えた恐竜のような存在だったんだなあ。それをロマンチシズムと解釈すると見誤る気がする。天然物。

この話を聞いたうえで、僕個人のことに思いを巡らせてみると、なぜ自分が今<芸術>に対して違和感を覚えてしまうというのか、理解し得ないものを感じ続けているのかがよく分かる。また芸術的なものがそうそう発生し得ないということも分かる気がする。
 
 
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2013年09月30日

夜の東京駅の新幹線のホームに立つと。。

夜の東京駅の新幹線のホームに立つと、どうしても2011年の3月17日の夜の景色を思い出してしまうな。

夜の闇のなかへと消えてゆく新幹線を見送った後、幼い子どもと奥さんなんかをどこか西へと送り出した人達の姿が、ホームにポツポツとゆらゆらと、、あった。それは、ものすごく静かな瞬間だった。

子ども達の手を引いて、荷物を担いでの東京駅までの道は、特に新宿駅の混雑がすごかった。改札は入場制限がなされていて、人の波だった。まだ幼い子どもにもお金を持たせた。メモと。。

新幹線のホームに残った人たちは、ゆらゆらと、加速しながら遠ざかる新幹線をぼんやりと、見えなくなるまでただただ目で追いかけていた。

15日ごろには放射性物質を多く運んだ風が吹いたという話もあったり。。
たしか、21日に線量の高い雨が降ったりした。。。
それがなんだったのかは、今となってはよくわからない。

思い出しちゃう。それだけ。

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2013年09月25日

ばふー!


人生のいい時

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2013年08月20日

【Monthly ちゃん in 屋久島】

「in 屋久島」となってリニューアルされた「Monthly ちゃん」
とてもとてもとってもいいね。

かつて、割と初期の「渋さ知らズ」で歌ってた佐々木彩子が、結婚後に増岡彩子になって、屋久島に引っ越して、ジャーナル綴ってるんだけど、いい!

なんて素直な文章なんだ。
なんて素直な生き方なんだ。
これはいずれ本のかたちで読みたいなぁ。

【Monthly ちゃん in 屋久島】
http://homepage3.nifty.com/~hdk/chan

 
 
 
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2013年07月23日

「共産党は癌なのか」(紙屋研究所)


「共産党は癌なのか」(紙屋研究所)
http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20130723/1374531295

“思想家”ってなんなのと、最近の言論ブームのなかで感じていたあれこれについて、ひとつの分かりやすい回答でもある。

 
 
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2013年07月17日

娘10才の誕生日。2013年の日本はこんな感じ。

昨日は娘の10才の誕生日でした。

10年前のあの日のことは、思い出そうと思えば、まるでつい昨日のことのように思い出すことも出来る。

目を細めてみれば、なんだか遠い日のことのようにも感じられる。

とにかく元気に無事に大きくなった! 
おめでとう! 暑い誕生日。

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……ところで:

「かつて金子光晴という、ボヤかせたら日本一の詩人がいて、その人の詩に「子供の徴兵検査の日に」というのがあり、ぼくはその詩が好きだった。今日はその詩を、ただ好きな一篇の詩として読めない気分になっている。見つけたのでリンク張っておきますね。」
http://mario-mandala.seesaa.net/article/307888910.html

って、去年12月にも書いていたのを思い出した。
スローダウン〜、スロ〜ダウン〜

なんか俄かに信じられないような言説があちこちから聞こえてくるけど、どうなっちゃったの?
 
 
 
 
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2013年05月24日

プロ野球があるから(J:COM連載小説)

そういえば! COA山本さんからの依頼で、J:comのサイトで連載中『プロ野球があるから〜人生のドラマが動き出す』の挿絵を描いてます! 全8話完結予定。

第一話【「超」ベテラン左腕・山本昌との再会】

http://www.myjcom.jp/tv/sports/baseball/npb/column1/001.html


第二話【若手選手と春】

http://www.myjcom.jp/tv/sports/baseball/npb/column1/002.html


第三話【監督はつらいよ】

http://www.myjcom.jp/tv/sports/baseball/npb/column1/003.html


ちょうど、自分くらいの年齢の会社員が主人公の、なかなか身につまされる物語ですが、面白いのでよかったら読んでみてね。

神宮球場でお会いしましょう。
 
 
 
 
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2013年02月07日

ごちそうさま(お弁当)

一昨年あたりから仕事の昼食にお弁当を持たせてもらっており、いつからか写真での記録をはじめました。

気がついたらものすごい量になりつつあったので、一目で見られるようにまとめてみました。



神保町の事務所に日々通っているのですが、この街はとにかく美味しく庶民的な飲食店が多い。ランチタイムは天国のようです。

平日の昼間ですから歩いているのは高齢者が多く、わりと自由な空気の流れる街です。土地柄、学生みたいな若者も多いのかな。
開業100年を超えた洋食の老舗ランチョンに行って見回せば、もう昼間からビールを飲みたくなります。懐かしいような美味しさの洋食を食べながらビールを愉しむ高齢のお客さんの多いランチョンの食堂は階段を上がって2階。しかし転倒転落等の事故があったというような話は聞いたことがありません。みんな割とゆっくり、ゆったり動いている。

日本で最初にできたという中華料理屋さんをはじめとして、中華料理の素晴らしいお店がいくつかあって、揚げ物の美味しい天麩羅や豚カツのお店があり、それからカレー屋さんはスマトラ風からインド風、洋風、和風、スープカレーに至るまで星の数ほど、タイ料理、韓国家庭料理、洋食屋さん、あとなんといっても蕎麦屋さんにラーメン店などがひしめき合うように存在しています。喫茶店の素晴らしいのも多い! そして夜は夜で居酒屋やバー、ビストロ、寿司屋に割烹などあれこれあれこれ、そこかしこで美味しいお酒がぼく達を呼んでいます。

そのような街で日々を過ごしていると、知らず知らずのうちについ、いけないいけないと思っていてもついつい食べ過ぎてカロリー過多になってしまう傾向があります。

そんな状況を見兼ねてか、単純に節約のためか、2年ほど前から弁当を持たされるようになりました。

弁当生活開始から半年ほど経ってから健康診断があって、受けてみると中性脂肪の数値が前年と比べて半減していて驚きました。おそらく関係あるのだと思います。

それと弁当生活になって良かったことは、夕方ごろになると、ちゃんと空腹になること。
昼を外食していたころは多分油の摂取量が多く、またそもそも一食の量も多くて、飽満感が夜になっても抜けませんでしたが、弁当はさっぱりとしているので、時間が経つと空腹になるようで、おかげで夕食の楽しさも増しました。

弁当生活が始まったのは、思い出した、娘が小学校に上がって、夏休みの学童保育のために弁当を作るようになって、それで一緒に作ってもらうようになったんだ。それがそのまま習慣になった。

保育園に通う息子が「いつも〜べんとうは〜楽しい〜ね〜、ぼくなんかは〜ときどき〜」と、朝、ぼくの弁当を見ながら歌ったこともありました。

いつからか昼時になると弁当の写真をTwitter等にUPするようになったのですが、くどいかなと思って弁当写真のUPをしないでいたら、思わぬところから「家庭不和?」と余計な心配などされてしまったこともありました。

こうして並べて見ると迫力すら感じます。

いつもごちそうさま。

しかし一体どれだけの米を食べてるんだ。お百姓さんに頭あがらない。

それとやっぱり曲げワッパは最強だな。と。

ちなみに弁当を作ってくれる奥さんは、まだまだ駆け出しですがフリーランスの料理研究家として活動しており、本も出してます。
手前味噌ですが、よろしければどうぞ。


働くおうちの親子ごはん



働くおうちの親子ごはん〜朝ごはん編〜



自家製ミックス粉でつくる、なつかしいママの味
      〜粉もの大好き!〜



トウガラシの叫び: 〈食の危機〉最前線をゆく (翻訳)



くまのプーさん 100エーカーの森のクッキングBOOK
      (ゲーム/レシピ制作)









 
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2012年12月16日

「子供の徴兵検査の日に」金子光晴

かつて金子光晴という、ボヤかせたら日本一の詩人がいて、その人の詩に「子供の徴兵検査の日に」というのがあり、ぼくはその詩が好きだった。今日はその詩を、ただ好きな一篇の詩として読めない気分になっている。見つけたのでリンク張っておきますね。
 
 

子供の徴兵検査の日に   金子光晴
            (1895〜1975・愛知県生まれ)

癩の宣告よりも
もっと絶望的なよび出し。
むりむたいに拉致されて
脅され、
誓わされ、
極印をおされた若いいのちの
整列にまじって、
僕の子供も立たされる。

どうだい。乾ちゃん。
かつての小騎士。
ヘレニズムのお前も
とうとう観念するほかはあるまい。
ながい塀のそっち側には
逃げ路はないぜ。
爪の垢ほどの自由だって、そこでは、
へそくりのようにかくし廻るわけにはゆかぬ。
だが柔弱で、はにかみやの子供は、
じぶんの殻にとじこもり
決してまぎれこむまいとしながら、
けずりたての板のような
まあたらしい裸で立っている。

父は、遠い、みえないところから
はらはらしながら、それをみつめている。
そしてうなずいている。
ほほえんでいる。
日本じゅうに氾濫している濁流のまんなかに
一本立っているほそい葦の茎のように、
身辺がおし流されて、いつのまにか
おもいもかけないところにじぶんがいる
そんな瀬のはやさのなかに
ながされもせずゆれている子供を、
盗まれたらかえってこない
一人息子の子供を、
子供がいなくなっては父親が
生きてゆく支えを失う、その子供を
とられまいと、うばい返そうと
愚痴な父親が喰入るように眺めている。
そして、子供のうしろ向の背が
子供のいつかいった言葉をささやく。
――だめだよ。助かりっこないさ。
この連中ときたらまったく
ヘロデの嬰児殺しみたいにもれなしで
革命会議(コンベンション)の判決みたいに気まぐれだからね。

――詩集「蛾・北斗書院・一九四八年刊」より――



 
 
 
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2012年11月01日

人が線を引いた境界はいらない。辺境は自ずと生まれる、地形に乗じて。

「見てよこれ。俺もうダメかもしれない……」
今日、事務所に訊ねてきた友人が指差した先には、左右それぞれ異なった靴を履いた足があった。
働き盛りなのか何なのか知らないが、僕たちの人生、本当にガチャガチャしてしまっているようだ!

そこそこなんでも足りているのに、何故こんなに余裕なく感じてしまうことがあるんだろう。そう考えた時に、きっとそこには圧倒的に足りていない、欠落している要素としての「なにか」があるからだと思った。その「なにか」は、別の「ナニか」に押し出されるようにして失われている。「なにか」とは、「ナニか」とは何だ? 漠然とではあるが、その影は見えているという気もする。ときどき。

「なにか」がブラックボックスのなかにあるなら、それを…… というか、僕たちはブラックボックスに包囲されて生きている。生活機器にせよ動いてくれている限りは使えるが、動かなくなった時には手の施しようを知らない。自分の手で触れられるものを…… 

時に、「ノンフィクション」とは期待の現れ、「フィクション」とは諦観の現れ。そうじゃないかと思った。
 
フィクションはノンフィクションを内包し、ノンフィクションはフィクションを内包する。 
人が線を引いた境界はいらない。辺境は自ずと生まれる、地形に乗じて。
ボーダーがそもそも勘違いの元だ。
辺境において自生するものを発見し、世に晒す。それが手に触れられるものであるなら。






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2012年10月25日

伝承に見るパブリックということ。それは時間に対する耐性が証明しているんだよね

 なぜ民話や神話や妖怪譚や伝承などについて読むことが「パブリック」に対する理解を深めるかと言えば、それはまさに先日のリンクに貼った古橋悌二の言葉(※)にあるとおりのことで、つまりそれら物語というのは過去に、ある一定以上の人々が皆で共有した、皆で一緒に見た夢の話だからだよね。つまり荒唐無稽と言おうと思えば言えるような物語のその背後には圧倒的なリアリティが潜んでいるんだなということに、知れば知るほど気付かされるんだよね。だから時間を経て耐性を鍛えてきた物というのは、決して侮れないんだよね。それはただ言語表現のみに関わらず、あらゆる物事について言えると思う。だから読んで見て聞いて味わい、そのうえでそこを吹き抜ける風を感じ、新たな胞子を飛ばしたいという願いも沸くわけだ。ぜんぜんなんにも出来てないけど……
 今日、子ども達を相手に幻想世界や幻想動物の話をしてきて、かなり及ばずながらな事ではあったんだけど、そのために改めて(少しだけ)調べ物や読み物などするなかで、そのことがまた確認されたような気がするよ。
 自分なんて居ないも同然なんだよね。対象が誰であるかによって、話法なんて容易く変わってしまう。
 風はなんというか、まあ自然とそこに吹いているというか。吹いているから風なんだよね。

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『幻想動物辞典』
草野巧(著)/シブヤユジ(画)(新紀元社)
 洋の東西から、バリエーションに富んだ幻想動物(悪魔や妖精や精霊やお化け等)が大集合して、それぞれに簡単な解説とイラスト(姿)が付けられている。とてもざっくりとした説明しかないのだが、網羅的てハンディーで、なかなか便利! これだけでも揃っていると、その集合から人間のイマジネーションの世界が透けて見えてくる。
 上記の意味において「パブリック」を考えるうえで、思わず役に立ったような気がする一冊。

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vladimir sorokin !
読んでみたかった! うずうず。
ウラジーミル・ソローキン
『青い脂』
(河出書房新社/望月哲男+松下隆志:訳)
 来週くらいには読み始められるかと思うけど、我慢できずに冒頭のページを(ちらっと)めくると、ぶっ飛んだ世界の予感が押し寄せてきて、慌ててページを閉じた。
 ロシア現代文学の鬼才、ということで、今からうずうずわくわくしている。
 読んで、反省させられるのかなぁ。
 
 ……ところで、祖師ヶ谷大蔵の「シャルトリューズ・カフェ」で、「マリオ曼陀羅展」が密かに始まってます。11月4日まで。
http://oyako-gohan.seesaa.net/article/298212725.html
 これから、もっとしっかり作る、というか作り込むことをしてゆきたい。「できるのか?」とか感じてたら無理そうなので「作り込む!」と断言。
 
(※ http://ishoukt.exblog.jp/17944547/ 「プライベートとパブリック」〜Make and Think〜)
 
 
 
 
 
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2012年10月07日

こういうことを言ってるんですって、時にはやっぱり大きな声で言わんとね。

小雨降るフランクフルト到着。そしてビール。

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成田から飛行機に乗った瞬間に眠りに落ちたが、何時間後かに目覚めて、ちょっと気になっていた映画『桐島、部活やめるってよ』を見た。なんかもやもやしたので、そのまま立て続けに『下妻物語』を久し振りに見た。『桐島〜』はとても良く出来ていたけど、なにか満足しなかった。『下妻物語』はやっぱり良かった。

俺そういえば2年生の時からあんまり学校に行かなくなっちゃって『桐島〜』的な学園生活とは縁が無かったし、そんな意味でも『下妻〜』の方が共感し易かったのかも。

『桐島〜』は、和製『Napoleon Dynamite』みたいな青春映画なのだが、良くも悪くもとても日本的に鬱々としていて、あそこまでのカタルシスが無くて、そのカタルシスの無さというか着地点の無さがもやもやの原因だったのかもしれない。惜しい、という印象。細部までとてもよく作り込まれているのに…

『下妻物語』は反対にカタルシスの塊。帰国したらDVD買うべなどと思いながらもう一回見始めたところでワイン飲み過ぎて酔っ払って、気持ち良〜く撃沈。おかげでまた良く寝た。

『桐島〜』は登場人物の誰とも、共感できそうで結局できなかった。それがもやもやの原因だったのかもなあ。でもまあ細かく作られた映画だったと思う。そういう意味では面白かったし感心した。感動は無かった。ストーリーの問題だろうな。狙った効果は分かるし、それはなかなか面白いなと思ったけど… だからなに?っていう。

『桐島〜』が、そんなぼんやりとした印象を残したのに対して、『下妻物語』は、そうかぁぁ!!! おまえはそういうことが言いたいのかぁぁぁ!!!! というがうるさいくらい伝わってきて、声のデカい映画だったなあ。ああ気持ち良かった。やっぱDVD買うべ。

作り込みばっかりに精を出してもいかんね。こういうことを言ってるんですって、時にはやっぱり大きな声で言わんとね。おじさんはそう思いました。

ワイン飲んで寝ます。

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2012年08月26日

真夏の夜の釈迦

昨夜、ヨッシー画伯のオープニングで思いがけずお会いした木部与巴仁さんが、今夜、すみだ区民音楽祭2012の合唱で歌うというので錦糸町のすみだトリニティーホールまで。昨夜の木部さんも、いつも通りの着流しだった。夏の着流しは涼しげだ。

伊福部昭/作曲の「交響頌偈(じゅげ)・釈迦」by 釈迦を歌う混声合唱団のコンサートを聴きに。

オーケストラ+男声/女声/少年少女の混声合唱団。現代音楽的だけど難解ではなく、むしろポップですらあって、さすが伊福部昭は「ゴジラ」のテーマ音楽の作曲者。演目のテーマは釈迦の出家から、悟後までを三章に分けたドラマ仕立て。第三楽章は声明のような響き。釈迦、というか仏陀の方向に世界が向かったとしたら、どうなるのかなあ。そんなことを考えながら、合唱の響きに包まれた。

「酒臭い酒は良くない酒だ。油臭い油も良くない油だ。芸術臭い芸術も然り」と伊福部昭はよく言っていたそうだ。

これを無料で公開するというのは素晴らしい。モダンだが貫禄のあるホールがまた良かった。

ところで木部さんは、黒い洋装揃いの男声合唱の列にあって、ひとり紋付き袴という出で立ちで、登場した時、ぼく達は密かに湧いた。

行政が関与した芸術を、どんどん無料で公開すればいいと強く感じた。


『伊福部昭 音楽家の誕生』
 木部 与巴仁 (著) / 新潮社
http://www.amazon.co.jp/dp/4104096024/

 
 
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