四段昇段(つまりプロ入り)後の棋戦初参加でタイトル挑戦(棋王戦)、という将棋界初の記録を打ち立てたゴールデンルーキーの本田奎五段、そしてその前年に四段昇段して高勝率をキープしている斎藤明日斗四段の師匠である宮田利男八段という棋士がいるのだが、一昨日はその宮田八段の妙手に唸らされた。
うちの息子は小4か小5の頃からその宮田八段の主催する三軒茶屋の将棋倶楽部に通っている。要らない見栄だが、藤井総太フィーバーのちょっと前に通い始めた(きっかけは前年、棋界を混乱のドツボに陥れた事件で再び将棋を見はじめたこと)。ソロバンやめるというので代わりに将棋となっただけ。
そんななので息子の将棋は弱いし、才能云々以前の実力で、倶楽部の「最弱者」のタイトルを取ったこともある程なのだが(笑)それでも、何をやっても長続きしなかった息子が、宮田先生の将棋だけは喜んで、飽きもせずに通い続けて今年は中2だ。なにしろ素敵な先生で、子供あしらいも最高にうまい。
……ところで突然のコロナ禍である。宮田先生がコロナリスクの高い御高齢(と言ったら怒られそうだがw)ということもあり、3月中旬から将棋倶楽部通いは遠慮して様子見を決めた。その後もコロナ禍は収束の気配どころかますます混乱の度を強め、結局4月も一度も通えず仕舞い。5月になったが状況は収まらず、良くならず、月々5000円の月謝を納める機会も得られず…、きっとそのような子は少なくないだろうから大丈夫かなあと、冷蔵庫にマグネットで貼った月謝袋が目に入る度に気になっていた。あそこが無くなったら困るからね!
そんな一昨日だったか一昨昨日、所要ができて三軒茶屋に出向くことになった。こんな折なので電車には乗らず、9駅の距離を自転車で出かけた。都内の9駅なんて近いものです。その際、もし万が一、宮田先生の将棋倶楽部が空いていたら未払い分の月謝を納めて来ようと、2ヵ月分を収めた月謝袋を荷物に忍ばせた。
週末の三軒茶屋はなかなかの人出で、天気も良いしこんなものなのかなぁと思ったが、果たして将棋倶楽部の看板は立っていなかった。でもまあビルの玄関は開いているみたいだし(同じ階の隣のテナントが歯医者さん)念のためと思って階段を上がってみると、なんと倶楽部のドアは開いていて、なかに人の気配がある! 恐る々々隙間から覗くと、YES! 宮田先生の後ろ姿がそこにあり、渋いマダムと一局指している最中ではないか! 「た、対局中に、すみませ〜ん」と声を掛けさせていただき、いそいそと月謝袋を取り出す。
「え? なにこれ、だって今、来てないじゃない」と宮田先生。
「いや、そりゃ来れないっすよ! ただ先月、今月分お支払できてなかったんで、すみません」と、歩の突き合い。
その様子を見ているマダムにも「お邪魔して、さーせん!」
こちらが攻めを止めないと見るや、先生、月謝袋を受け取り、いつものカウンターのところでゴソゴソ……。月謝袋にサラサラと受領の記載を入れて、例の「利男」印をポンと突いて戻してくれた。長居は無用、とはいえ二言三言、今後のNHK杯のスケジュールなど世間話。
そういえば今年はその本田五段も斎藤四段もNHK杯に初出場する予定で、そして初出場と言えば即ち師匠が解説に立つと相場が決まっている訳で、つまり宮田八段にとって嬉しい舞台となる筈。あの「日曜のひととき〜」にどんな楽しいトークが飛び出すのか、俺も息子も(というか多分、妻が一番?)楽しみにしている。
……でもこのコロナ禍で、多分先々の対局予定が、おそらく立っていないようだ。
コロナが収束し、元どおりに対局が行なわれる日が早く訪れるのを祈念しつつ、月謝袋を返された俺は本来の用事へと先を急いだ。で、帰宅。
……帰宅してまた冷蔵庫の定位置に月謝袋をマグネットで留めようと取り出すと、中には半分、つまりひと月分の5000円札がお釣りのように入っている。
あれ? 二ヵ月分だったのに、先生うっかりしてたのかな? やだな〜w と思って月謝袋の表を見ると、そこには未払いだった「4月分」でも「5月分」でもなく、未だ来ぬ「6月分」と書かれているではないか。……気付きもしなかった。完全にこちらの見落としである。
知らないうちに詰まされるって、きっとこんな感じなのか! と、月謝袋に向かって一礼。「あ、負けました」と思わず声に出し、その月謝袋に片手をつく。どうかコロナの猛攻を鮮やかに受け切って、またあの賑やかなKIDSで溢れる将棋倶楽部の日々、再開してください。そして、NHK杯の本田五段戦、もしくは斎藤四段戦、解説をテレビで観るの、秋田の酒を用意して楽しみにしてます。あと伊藤匠三段という藤井世代のスーパールーキー、一期でも早く四段昇格しますように。キャラ立ちの良い一門のご活躍心より楽しみにしておりますw
たかだか月謝レベルの、日常の小さなことでも勉強させられるなぁ。
(おしまい)