■ エヲカク ■

2010年10月30日

エヲカク(20) 〜長〜 明日は7時間。おまけに暴風雨?

 そろそろ仕事にも馴れていい筈なんだけど、13年間やっていて未だ馴れない。と思うと同時に、馴れてはダメだなと思わされることもしばしば。新たに読みたい本、新たに読んで欲しい本のどれもこれもが未知との遭遇なわけだから、馴れるという行為とはベクトルが逆向きで、永遠に相容れないのかもしれない。商売に馴れないのは問題かもしれないが……。馴れてしまってはいけない物事というのがある。ような気がする。

 何度回を重ねても馴れない素晴らしいことのもうひとつに、絵を描くこと。特にそれがライブでの現場の場合、その直前の身震いしたくなるようなこの感覚は、いつ何度味わっても素晴らしい。思わずお酒が進んじゃう。今年の前半に「あ、馴れてしまいそうだ」という瞬間があり、それはまた種類の異なった身震いを伴って訪れ、それから意図的にライブの回数を減らした。今思えば、その時に感じた思いは気のせいだったのかもしれない。なにかがおざなりになっていたのかもしれない。



 東京はここ数日のうちに一気に秋の気配を深め、肌で感じる空気が冷え込んだ。
 気象予報士の資格に向けて勉強しているという知人と会った。この気圧配置に台風の接近は、珍しいとのこと。もう珍しいことだらけで、ほとんどのことには驚かない。これも歓迎すべきではない馴れなのか。

 明日(10月30日/土曜日)は雨。下手したら台風。暴風雨が東京を直撃するという予報もあるようだ。

 明日は絵を描く。八重洲の富士屋ホテルのエントランス部分。7時間の長丁場。エントランス部分は屋外だが、車寄せになっており広い屋根の下だ。壁面はゴツゴツとしたレンガ作り。高さ3m。そこに0.6mm厚のプラスチック板を貼りつけて、その上に幅 185cm の鳥の子の和紙を上から下まで貼りつけて、絵を描く予定。
 暴風雨が直撃する時間と重なるようなことがあれば、現場はロビーの内部に移される模様。現場設営をする朝の段階で、どこまでその先の天気を読めるのか。できれば嵐のなかで絵を描いてみたい、という気持ちもある。屋根があれば恐らく大丈夫。風と雨の音を背後に、間近に聞きながら大きな絵を描いたら、それは気持ち良さそうだ。

「クンスト・オクトーバーフェスト 2010」という、現代美術系のイベントの余興。

クンスト・オクトーバーフェスト2010
http://bit.ly/9qAKqU


 ここ数年のうちに現代美術画廊の密集地帯の様相を呈してきた中央区/千代田区あたりのギャラリーを数台のバスが巡回しツアーするというイベント。日本橋ルートと銀座ルートのバスの乗り換え地点となるのが八重洲の富士屋ホテルの車寄せ。
 午後7時半からは同ホテルの2階の広間に関係者や物好きが集まってクロージングパーティーが催されるようで、最終的には僕の絵はそこで再披露されることになるとのこと。

 僕は自分の描きたい絵が、それに拠って説明してみたいことが明確にあって、ただそれを上手く言語化できないことから、視覚表現を繰り返し続けている。少なくとも自分のなかで「やりたい」ことが明確で、ただただそれをし続けている。勿論、続けてゆく中での微妙な変容はある。しかしモチーフは常に、飽きもせず同一だ。想像を伴った写経のようなものだと思う。そのようなメディテーション的な効果が、その行為に伴う。そもそもこれを描き始めた2001年当初、その役割の主たるところはそれだった。均衡を得ること、開放を得ること、超越を試みること。続けているうちにそれが自分のなかで様式化されていった側面はある。
 馴れたのか? と感じた瞬間はほかにもあった。でもそうではなかった。ある種のオートマティズムは生まれたが、その先に微妙な変容があることを知ることができたことが持続の理由の大きなところだと思う。内的変容の、その微かなところというのは、少なくとも僕の場合、日々の営みのあれこれ全てに木霊して響くものだと感じた。その結果としての営みに作用されて促される表現上の変容も、個人的なこととして明確に感じる。この明確さを伴う変化が生んでいる日常における効果というのは大きい。
 よくできた増幅装置だ、今のところ。
 ちょっと大袈裟に言えば、最大の生命保険だと思う。

 明日は暴風雨のなかで絵を描くことができるのか? 
 暴風雨は直撃してくれるのか?
 わくわくする。
 絵を描き続けるというのは「馴れ」とは無縁の行為だと思う。
 だから暴風雨が楽しみだ。

 仕事は難しいな、と感じるがしばしばある。馴れないからだ。そういう時に不毛なことや困難が重なると人生をつまらないものとして感じてしまう危うい瞬間もあるけど、考えてみたら子供の頃から良くも悪くも事件の連続で、なにもなかった年なんて無かったな。むしろ出来事としてはかなり過激なことも多かった。外国の拘置所の夜とか最悪ですよ。幸いにしてシラフじゃなかったからか、今となっては楽しい記憶になってしまっているけれども。拘置されただけだったしね。なんにせよ不思議な境遇というのがあって、お陰で幼い頃から日常的な絶望感だけには事欠かなくて、でもその感覚の蓄積がある時にある特定の幸いな方向へと破裂したのが、絵だったんだろうな。だから2001年はモニュメント。細かく言えば「2001年10月9日/深夜(フランクフルト時間)」 
 ……ってことは九周年を忘れてた!

 まあいいや。

 とにかくやりたいことも言いたいことも(言えないけど)明確だから、それだけできればいいやという感じ。明日は楽しみだ。

 声を掛けてくださった池内さんありがとうございます。
 
 
 
 
 
 


posted by マリオ曼陀羅 at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ewokaku | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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