■ エヲカク ■

2008年08月08日

cloudchair (aka.Jake)とマリオ曼陀羅の時のライブ・レポート

 青山のvoid+にて、去る7月18日〜31日まで開催された展示『PSYCHE-GA-DELIC 2008』に組み込んだライブイベントでは、約2年間に渡り雲隠れ(?)していたギタリスト、Jake君(現在cloudchair名義でも活動中)を迎えることに成功し、思えばこれが天体から降ってきてこの夏に突き刺さった一本の巨大な槍だった。

 軽々しく使うべき言葉ではない事を承知しつつ、彼の身体の一部と化したかのようなギターから湧き出る音に“天才”を感じざるを得なかった、というのが正直なところ。
 その自由自在に音を操る演奏の技術のことだけを指して言っているのではない。その音、その音楽、本質を指してそう言いたい。
 一筋の文脈に貫かれた即興演奏の音楽に包まれて、壁にペンを走らせながら、それぞれの抽象世界が、ただ単純に融和した。このようなトランス状態が存在するからこそ、密度の濃いセッションに病み付きになってしまう。
 あらゆる雑念が、振り払うまでも無く、消滅してしまう。

voidplus_jake_0719s.jpg 先ずは7月19日。この日がJake君との記念すべき初セッションとなった。
 会場となったのはvoid+のラウンジ。そこに隣接するギャラリースペースには今回の展示のために計画し作成した「ミラー曼陀羅」が4枚、左右の壁にそれぞれ2枚ずつ向き合うように設置され、人々が足を踏み入れることのできる「胎臓界マリオ曼陀羅」を表現した(展示のレポートは後日)。
 有意識を受け入れるその胎内世界より踊るように生まれ出た小宇宙のあげた産声こそが、この夜のcloudchairのギターによる音像だったに違いない。

 ただ一人の人間と一本のギターが、これほどまでに重層的な世界を生み出すのか、と驚く暇も無く、自分の手先が動くに任せ、そこに繁殖を繰り返すひとつの絵と、背後から自分を包み込む音楽との間に挟まれると、意識が自分の肉体を離れてしまったかのようだった。
 共演前の打ち合わせなど、まるで無意味だった。時間さえも自由に操ることができるのではと錯覚した。と思っていたら、Jake君はまさに時間さえも自由に操っていたようで、90分のステージの終了10分前のサインを送るべく彼の肩をちょいちょい叩くと、Jake君は本当にびっくりしたかのような顔で、オーディエンスで埋まるそのラウンジに、どこからともなく帰って来たのだった。まだ30分くらいしか弾いていないかと思ったんだってさ。でも指先に疲労を覚えて「不思議だな〜??」と感じていたようだ。

 その壁に新たに発生した曼陀羅を確認し、自分の役割を終えた事を知った僕は、アンコールに応えるcloudchairのギターと歌のサービスを、初めて客観的に耳にしたのだった。
 ぶっ飛んでいた意識は、しかしまだ帰っては来ず、どこかを彷徨ったままだった。

 
voidpuls_jake0725s.jpg そして7月25日、cloudchairとの二度目のセッション。
 初回のことがあったので、いろいろと心の準備はできていた筈だった。しかしこの夜は更に遠くまで飛ばされたというのが、起きた出来事。
 初回にも増して広大な空間を描写するかのような、その音と音楽により、自分のドローイングにも新たな境地がひとつ生まれた(のかも知れない)。
 元々、曼陀羅とはユニバース(内的および外的な宇宙)を図式化したものだと勝手に理解して、僕はその図を描いている。基本的に二次元の世界に宇宙を閉じ込める作業をしている訳だが、この夜、音に誘われるままに生まれた曼陀羅には、自分だけでは手が届いたことの無かった深度が生まれており、近景と遠景が明確に同居していた。平面的な広がりよりも、奥行きがあった。 ある意味どれもこれも同じように見えなくも無い抽象画としての曼陀羅を何年間にも渡り描き続けてきた自分にとって、こういうハプニング、発見ほど面白く、楽しく、嬉しいことは無い。1UPキノコを食べた時の音が爆音で鳴った。しかしその爆音にすら気付かせてもらえないほど、音楽が圧倒的に響き渡っていた。
 振り返ると時間が来ていて、しかし僕にはこの音楽を止めることができなかった。
 ということで、予定時間を超過して、更に遠景を描写するという作業を楽しむ。この段階からは、細心の注意を払って音の粒、音の流れのひとつひとつに耳を集中する。タイミングを見つけてJake君に合図を送らなければ……。
 しかしタイミングが見つけられない。
 どれほどの時間が流れたのだろうか。やっと「スミマセンゴメンナサ〜イっ!!」という気持ちで合図。
 僕自身ははっきりと半放心状態で、自分の描いた宇宙の図の端にサインと情報を書き込む。音という形を取って宇宙を照らした光が、巨大な線香花火の最期となって収束に向かうのを、無重力を彷徨い続ける気分で味わうことができた。
 芸術の持つ可能性を、こんなに素直に感じることができたことがこれまであったかな、と何日も経った後になってから、ようやっと考えたような次第。
 遠くまで連れて行ってもらっちゃったんだなハァ〜。フゥ。

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 展示/イベント自体の総括的な記録、そして上記ふたつのライブの間に挟まれたdet2君と小野雄紀さんを招いてのカレーライブの記録は、また別途。
 void+という不思議な箱の持つ魅力と魔力に関しても、その時に。
 その不思議なvoid+を司る杉原さんと、ゴールデンコンビの川口じゅんちゃん、それから現場を手伝ってくれた菅大祐さん(彼とはその後、山梨で共演したのでその記録も後日、後日だらけ)、ケアや撮影など本当にキメ細かく丁寧だったユカリさんなどに関しても、とにかく記録しておきたいことが多数。
 去年の「PSYCHE-GA-DELIC @ Magic Room?」()では皆勤賞でかぶり付きでライブを見ていた娘(当時4才)が一年経って成長し(今5才)、大人の世界と子供の世界を区別して、しかしその区別した自分の変化を解釈できずにもどかしい思いをしていたような件に関しても心に記録しておきたい(と思ったら妻が記録してた)。
 その去年と今年のPGD両方に、貴重な援軍として出張BARを出店してくれたBar Rinneの竹田くん、それから撮影など去年今年引き受けてくれたカズ@Waterslide Recordsや、スポンサーしてくれたシモン@隙間産業など、いろんな力に助けてもらいながらやってます。

 とにかく新境地? と感じたこの度のcloudchairとの二度の共演だった。より自由を渇望するようになってしまうかもしれない。そうなると、どこへ向かってゆくことになるのだろうか?

 ライブはただただ素晴らしい体験だった。そして打ち上げや、ライブの後や、途中の日々もこれまた濃い時間を堪能させていただいた。
 信じること、好きなことをやり続けるっていうのは大切だなという認識を、更に確固たるものにしたこの夏に突き刺さった槍の話。
 
 写真をまとめ、文章を書いているうちに、あの時のフラッシュバックに襲われてアワワワワワ〜と、ちょっと大仰な表現満載になり恥ずかしくもありますが…… そんな時間を過ごしてしまったもので。
 やっぱり世界は広いんだな、と。


posted by マリオ曼陀羅 at 05:14| Comment(0) | TrackBack(1) | art | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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PGD 2008 #1
Excerpt: “PSYCHE-GA-DELIC 2008″ July 19th (Sat) ギターとペインティングによるアンビエントセッション #1 ..
Weblog: cloudchair words
Tracked: 2008-08-09 22:47
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