■ エヲカク ■

2020年05月13日

「あ、負けました」宮田利男八段/三軒茶屋将棋倶楽部

四段昇段(つまりプロ入り)後の棋戦初参加でタイトル挑戦(棋王戦)、という将棋界初の記録を打ち立てたゴールデンルーキーの本田奎五段、そしてその前年に四段昇段して高勝率をキープしている斎藤明日斗四段の師匠である宮田利男八段という棋士がいるのだが、一昨日はその宮田八段の妙手に唸らされた。

うちの息子は小4か小5の頃からその宮田八段の主催する三軒茶屋の将棋倶楽部に通っている。要らない見栄だが、藤井総太フィーバーのちょっと前に通い始めた(きっかけは前年、棋界を混乱のドツボに陥れた事件で再び将棋を見はじめたこと)。ソロバンやめるというので代わりに将棋となっただけ。

そんななので息子の将棋は弱いし、才能云々以前の実力で、倶楽部の「最弱者」のタイトルを取ったこともある程なのだが(笑)それでも、何をやっても長続きしなかった息子が、宮田先生の将棋だけは喜んで、飽きもせずに通い続けて今年は中2だ。なにしろ素敵な先生で、子供あしらいも最高にうまい。

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……ところで突然のコロナ禍である。宮田先生がコロナリスクの高い御高齢(と言ったら怒られそうだがw)ということもあり、3月中旬から将棋倶楽部通いは遠慮して様子見を決めた。その後もコロナ禍は収束の気配どころかますます混乱の度を強め、結局4月も一度も通えず仕舞い。5月になったが状況は収まらず、良くならず、月々5000円の月謝を納める機会も得られず…、きっとそのような子は少なくないだろうから大丈夫かなあと、冷蔵庫にマグネットで貼った月謝袋が目に入る度に気になっていた。あそこが無くなったら困るからね!

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そんな一昨日だったか一昨昨日、所要ができて三軒茶屋に出向くことになった。こんな折なので電車には乗らず、9駅の距離を自転車で出かけた。都内の9駅なんて近いものです。その際、もし万が一、宮田先生の将棋倶楽部が空いていたら未払い分の月謝を納めて来ようと、2ヵ月分を収めた月謝袋を荷物に忍ばせた。

週末の三軒茶屋はなかなかの人出で、天気も良いしこんなものなのかなぁと思ったが、果たして将棋倶楽部の看板は立っていなかった。でもまあビルの玄関は開いているみたいだし(同じ階の隣のテナントが歯医者さん)念のためと思って階段を上がってみると、なんと倶楽部のドアは開いていて、なかに人の気配がある! 恐る々々隙間から覗くと、YES! 宮田先生の後ろ姿がそこにあり、ド渋の婆ちゃん(失敬、マダム)と一局指している最中ではないか! 「た、対局中に、すみませ〜ん」と声を掛けさせていただき、いそいそと月謝袋を取り出す。

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「え? なにこれ、だって今、来てないじゃない」と宮田先生。

「いや、そりゃ来れないっすよ! ただ先月、今月分お支払できてなかったんで、すみません」と、歩の突き合いw 

その様子を見ているマダムにも「お邪魔して、さーせん!」

こちらが攻めを止めないと見るや、先生、月謝袋を受け取り、いつものカウンターのところでゴソゴソ……。月謝袋にサラサラと受領の記載を入れて、例の「利男」印をポンと突いて戻してくれた。長居は無用、とはいえ二言三言、今後のNHK杯のスケジュールなど世間話。

そういえば今年はその本田五段も斎藤四段もNHK杯に初出場する予定で、そして初出場と言えば即ち師匠が解説に立つと相場が決まっている訳で、つまり宮田八段にとって嬉しい舞台となる筈。あの「日曜のひととき〜」にどんな楽しいトークが飛び出すのか、俺も息子も(というか多分、妻が一番?)楽しみにしている。

……でもこのコロナ禍で、多分先々の対局予定が、おそらく立っていないようだ。

コロナが収束し、元どおりに対局が行なわれる日が早く訪れるのを祈念しつつ、月謝袋を返された俺は本来の用事へと先を急いだ。で、帰宅。

……帰宅してまた冷蔵庫の定位置に月謝袋をマグネットで留めようと取り出すと、中には半分、つまりひと月分の5000円札がお釣りのように入っている。

あれ? 二ヵ月分だったのに、先生うっかりしてたのかな? やだな〜w と思って月謝袋の表を見ると、そこには未払いだった「4月分」でも「5月分」でもなく、未だ来ぬ「6月分」と書かれているではないか。……気付きもしなかった。完全にこちらの見落としである。

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知らないうちに詰まされるって、きっとこんな感じなのか! と、月謝袋に向かって一礼。「あ、負けました」と思わず声に出し、その月謝袋に片手をつく。どうかコロナの猛攻を鮮やかに受け切って、またあの賑やかなKIDSで溢れる将棋倶楽部の日々、再開してください。そして、NHK杯の本田五段戦、もしくは斎藤四段戦、解説をテレビで観るの、秋田の酒を用意して楽しみにしてます。あと伊藤匠三段という藤井世代のスーパールーキー、一期でも早く四段昇格しますように。キャラ立ちの良い一門のご活躍心より楽しみにしておりますw

たかだか月謝レベルの、日常の小さなことでも勉強させられるなぁ。

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(おしまい)
posted by マリオ曼陀羅 at 04:30| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月11日

4月27日(メモ

近所の絶品たこ焼き屋さんのテイクアウト待ち。
イートインを止めてて、ビールのサーバーも動かしてないっていうからハイボールもらって、焼けるのを待つあいだ、店の中と外で距離を取って、店主とプロ野球談議。

……ところで今朝方、仕事はかどらず、酒飲んだ勢いで連ツイしていたみたいで、午後目覚めたらそれが出てきて驚いた。酒に酔った挙句、自分にも酔ってるようで厨ニ病まるだしのじじいの雄叫びだし、ところどころ暴言だが…… ここに置いておくと1年後にはまた表示してくれるようなので、まとめてメモ代わりに貼っておく。1年後に読み返してどう思うか、個人的な興味もある。
 
 
 
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ひとつ書いておきたい。

第一次安倍内閣があっという間に終り、その後政権交代があり、東日本大震災に起因する福島第一原子力発電所(東京電力)の原発事故があった。そのことに加え民主党の野田内閣というお粗末な内閣があり、自公の連立が与党に返り咲いた。以来、現政権が続いている。

「アベノミクス」を華々しく謳い、「三本の矢」などといって金融政策/経済政策をおこなった。政府に加え、日銀、経団連などが一体となり、株価の引き上げこそが経済復興であるかの如く、この国を導いた。

「景気は緩やかに回復している」と嘯き続けるばかりか、「戦後最長の好景気」と景気企業判断を崩さず、日銀の黒田総裁、例を見ない規模での金融緩和を続けた。しかし、「トリクルダウン」などというマジックワードがまやかしでしかなかったことは、国民の実生活を見れば明らかだ。

非正規雇用者は増加し、実質賃金は低下し続け、国民ひとりあたりのGDPもまた下落の一途を辿っている。要するに低下する国力を見せかけの数字で補ってきたということだ。この間、様々な失政、政治家の(疑獄事件に値する)事件が連発し、70年代以来日本ではあまり見ることの無かった抗議デモが頻発した。

ひとつひとつの具体的な事例はここでは挙げないが、このような国の在り方が続くなかで、文化は加速度的に安普請に陥ってゆき、右傾化する国民の流れを止めることも叶わなかった。国が疲弊すれば右傾化が起こる。つまり、国は疲弊し続けている。

個人的なことを言えば俺は出版関係の仕事を稼業としながら絵を描いて生きている。いずれにせよ文化、芸術に関わる仕事を指向し続けてきた。その立場から見てきた安倍政権の日本は、最悪としか言いようがないものだった。文化の領域も荒れ、出版業界でいえば「嫌韓本」「嫌中本」「日本礼賛本」など……そのような書籍が例えば羽田や成田といった、国外からの人々の入口となる空港の書店にも並べられているのを目にして、なんて馬鹿なことをするのかと唖然とさせられたこともあった。芸術家たちはナイーブで、多くが個人的な問題にフォーカスを当てて、毒にも薬にもならない創作をしてきた。「政治を音楽に持ち込むな」などという、自らの歴史を完全に無視した戯言まで、当たり前のように飛び出すまでに至った。本質が目に見える速度で崩れ落ちていく様をただ茫然と眺めるなかで、改めて分かったことは知性の劣化だ。

「アベノミクス」という経済/金融政策がなされるなかで、株や財テクを日々の糧にする近しい友人と、この問題について議論したことがあった。「いや、ただのバカじゃあそこまで上り詰められないし、続かないよ。なにか深い考えがあるんじゃないか?」 金融の世界は信じられないくらい潤っていた。目ざとい人々の多くが、そのおこぼれに預かっていた。「トリクルダウン」の正体が分かった気がした。「今は政府が金をぶっこんでいるから株価が上がる、投資すれば得をする、金が生まれる、高い税金を払ってるんだから、ここに乗じて取り戻さない方がバカだろ?」 ……自分だけが小さな何かを手にして、あとは逃げ延びる。そんな発想に思えた。もちろん、この世はサバイバルだ。誰もに等しい何かが保証されている訳もない。自分の身は、自ら守らなければならない。では、尺度をひとつ上げて家族、友人、もうひとつ上げて社会、そうなるとどうだろう? 社会を保善することこそが、自らのサバイバルに大きく寄与するのではないか。

「誰もに等しい何かが保証されている訳もない」と書いたが、「誰もに等しい何かが保証される」べきことがある。それがいわゆる「人権」と呼ばれるものだ。つまり社会的な存在としての「個」の存在、その権利、健康、自由、財産……「自然権」とも呼ばれる、人間としての、ベーシックな権利だ。

その概念に対抗するのは「特権」と呼ばれるものだ。その「特権」という概念を理解しなければ、「人権」に関する議論はできない。なぜなら「特権」も、おなじく人の行使しているものだからだ。特権に寄り添うことで、一体なにが生まれるのだろう?

プラトンという人がいて『国家』を書いたのは、古代ギリシャの時代ですよ。紀元前、つまり2000年以上も前の話です。…つまり俺たちは2000年以上も同じ問題に頭を抱えているということ。これが「人間」の現実なのかもしれない。だからと言って、この状態が「是」とされるべきじゃない、なぜなら俺たち個々が、それぞれの「個」として生きている訳だから。そして場合によっては、なにがあっても守りたい他者の存在だってあるでしょう。家族とか友人とか(対象は人ではないかもしれない)。自分が一体なんのために生きているのか。改めて考えるべき機会が今訪れているのではないかと思う。

もうバカはやめませんか?
進化しよう、そして守ろう。

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posted by マリオ曼陀羅 at 04:02| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

コロナワッペン2020

すす数週間前にふと思い付いて発注した作品が仕上がったという報せを昨日、写真と共に受け取って、小躍りしながら缶ビール片手にピックアップしてきた。

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フェルトと刺繍のブローチ/ワッペンを作っているヤバいアーティストのRHYTHMさんという人が近所にいることを知ったのは割と最近のことの筈だが、その頃にはまだコロナの影は見えておらず、今となってはもう遠い過去のような気さえする。

とにかくその時に、思い出深いSANTA CRUZのスクリーミング・ハンドを模したデザインのワッペンを目にして思わず購入した。

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→ RHYTHM インスタグラム

作品をいろいろ拝見していたので期待はしていたけど、そのはるか上をいく仕上がり。ベースはピンクのレザーで、グリーンのフェルトに色とりどりの糸とビーズでモチーフが現されている。サイズは左右10cmほど。掌に納まるくらいだが、存在感がある。どこからどこまで手作業の作品。こういうのが欲しかった。

死角から突如やってきて、あっという間に僕たちの世界の景色を一変させてしまった新型コロナウイルスの2020年のことは、命がある限り忘れることはないだろう。モニュメンタルな何かが必要であると思い恐る々々アイデアを伝えたところ、気持ちよく引き受けてもらえて、ほっとした。

世界中で多くの人々が亡くなっている。実生活は言うに及ばず、情報空間の様相も一変した。

得体の知れない死のウイルスとその影響が人々に及ぼす不安と恐怖。その社会的、政治的な対応を巡って二分、三分される人々の社会心理がそこかしこで吹き上がり、それこそまさにウイルスの爆発的増殖のようだ。

昨夜も落ち着かず、いつものようにスマホの画面の情報を漁る(もうすっかり習慣化してしまった)。人々がそれぞれの感情を吐き出し、意見をぶつけ合い、ああでもないこうでもないと言っている。不信感や猜疑心、生活不安に蝕まれている社会の様子が、まるで濁流のようになってあの小さな画面を流れていくが、それが今この目の前の現実だ。

情報に囚われるなという人もいるけど、何も知らなければ守れないものもある。またここで何が起きているのかを事実として自分の目で確かめてもおきたい。幸いにして気楽な性質なので、今のところは情報にも殺されずにおり、また、おなじく幸いにしてウイルスにも殺されずにいる。

ただ、もしかしたらもう生きて顔を見ることは叶わないかも知れないなと思い浮かべる人々もいる。目の前のことだけに、できるだけ集中している。個人としてやってしまいたいことがいくつかある。

このコロナワッペン(と俺は呼んでいる)の写真のUPされたRHYTHMのインスタに添えられていた言葉が素敵だったので、メモ代わりにコピペしておきたい:

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コロナウィルスをブローチに
これを見てどのように思うかは
人それぞれです

与えられたこの時を前向きに
そして助けあって過ごせたら
素敵だと思います

健康であることを感謝して
体を大切に
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……同感です。

ものを作る人、手を動かす人の存在がありがたい。


識者、学者、人々、誰もがそれぞれのポジションをフィルターにした情報発信をしている。

こうなると信じられるのは、なにか信頼に足るものを作っている人の、感覚的な言葉だけ。

いかなる存在か、という前提は極めて重要だと改めて思う。

情報も汚染されてしまった。
昔の昔の大昔からそうか……



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posted by マリオ曼陀羅 at 05:18| Comment(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月02日

本の紹介

本の表紙を紹介するアレがいくつかこちらにも回ってくるのだが、正直なところ、そういうのがちょっと苦手なので…… これでご勘弁ください。

……例えば次の2冊の表紙(と中身のチラ見せ)を紹介してみます。
※いずれもTrolley Booksという出版社から出されたゴリゴリのフォトジャーナリズムです。書籍情報は末尾に置きます。

●先ずは1枚目、表紙。2001年、イラク戦争勃発後、壊滅状態のバグダッドに入ったフォトジャーナリストが、破壊しつくされた市街地の写真屋のラボで見つけて持ち帰ったフィルム。現像したらタリバン兵達の出兵前のポートレイトの大量のネガだった。そのポートレイト集。この青年達も(少年も!)人生にやられたんだよね。……誰が受け取るべき写真だったんだろう。

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●もう一冊もイラク戦争。ただし、こちらは米軍の帰還兵たちのその後を追った本。四肢のどこかを失い、もしくは精神を破壊された青年達の姿を写真に収めることで、問題を突きつけようとしている(マイケル・ムーアがLA Timesで取り上げたこともある)。……誰が受け取ることになる写真なんだろう。

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世のなか本は山ほどあるけど、たとえば(FBのインターフェース的に)分かりやすく、また対比として面白い上記の2冊。いずれもイラク戦争にフォーカスを当てたフォトジャーナリズムの写真集。それぞれの視点から。

視覚的であることを考え写真集を2冊取り上げてみたけど、テキストで記録された本もヤバイのがどっさりある。優れた本は山ほど、ひっそり出てます。ノンフィクションも、フィクションも。

本が大切なのではなく、その内容が大切なのです。だからそれを収める本が媒体として大切である、ということなのだが……。なんでかっていうと、本はデジタルのデータよりもパッケージとしての保存が効くんですよ。

▶ TALIBAN by Thomas Dworzak

▶ PURPLE HEART by Nina Berman
 
 
 
人の頭のなかは未知数だと思う。
 
 
 
※FB上での個人的な本の写真は次のリンクに、たまにUPしててます:



posted by マリオ曼陀羅 at 02:20| Comment(0) | book | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする